約 4,593,593 件
https://w.atwiki.jp/i_am_a_yandere/pages/1697.html
324 :触雷! ◆0jC/tVr8LQ [sage] :2010/07/05(月) 06 44 52 ID DMr/6fCk 「…………」 僕は便座に座ったまま、先輩からの手紙を見つめていた。 先輩はどうやら、僕が紅麗亜に監禁されていると思ったようだ。(確かにその通りではある。) それで偽りの婚約を報道して、紅麗亜を油断させ、僕が外に出られるように計らってくれたのだろう。 ――ありがたい。 手紙を拝むようにする僕。そしてすぐに、細かく千切って便器に捨てた。 先輩直筆の手紙だ。勿体ないことこの上ないが、これを紅麗亜に見られたら全てが台無しになる。致し方なかった。 さて。 手紙の文面から察するに、封筒の中身は婚約披露会の招待状と言ったところだろう。 その招待状の指定する場所に行けば、おそらく先輩に会える。 そこで僕がうまくやれば、紅麗亜がこの家で働くことを、先輩に認めてもらえる見込みがある。 問題は、紅麗亜が僕の外出を認めてくれるかどうかだ。 先輩は他の男性と婚約して僕を捨てたという設定だから、紅麗亜も前ほどは、僕の外出に気を立てることはないだろう。 しかし、僕を遠くの館に拉致しようとしている紅麗亜のこと。先輩がどうかに関わらず、僕の外出にいい顔をしない可能性はある。 そのときは、どうにかして説得しなければならない。 覚悟を決めた僕は、水を流してトイレを出た。 すぐそこに紅麗亜が待っている。 「大丈夫ですか? ご主人様」 「うん」 僕は頷いた。 「先程のお手紙を見せてください」 紅麗亜が手を出すので、封筒を渡した。彼女はすぐに封を切り、中身を読み始める。 「…………」 やがて紅麗亜が顔を上げたので、僕は彼女に尋ねる。 「何だって?」 聞かなくてもおおよその見当は付いているが、分からないふりをするのが得策だと思った。 下手なことを言って、「なぜ分かるのですか?」などと聞かれることになったら、捨てた手紙の存在が露見してしまいかねない。 「雌蟲は、婚約披露パーティーを開いて、婚約相手を公表するそうです。パーティーへの招待状が同封されています」 やっぱりそうかと思った。 「そ、そう……」 「やはりあの雌蟲は、ご主人様と私の間に、入り込む隙が全くないことに、ようやく気付いて身を引くことにしたのでしょう。この婚約披露パーティーは、雌蟲の敗北宣言に違いありません。蟲ながら、少々の知能はあるようですね」 相変わらず散々な言い方だが、婚約披露パーティーに対する紅麗亜の印象は、必ずしも悪くないようだ。 それに勇気を得た僕は、招待に応じることを切り出してみた。 「それじゃ、行ってこようかな……」 「その必要はありません」 「えっ……」 いきなり大否定された。 325 :触雷! ◆0jC/tVr8LQ [sage] :2010/07/05(月) 06 45 20 ID DMr/6fCk 予想はしていたものの、やっぱりショックは大きい。 しかし凹んでいる暇はない。ともかく理由を聞いて説得しないと。 「な、なんで……?」 「確かに、雌蟲の敗北宣言は殊勝と言えなくもありません。しかし、それなら他の男と婚約するだけで十分です」 「…………」 「ご主人様をパーティーに呼び付けるということは、ご主人様とメイドの貴重な交わりの時間を奪うということです。明らかに不埒な行いです。それに気付かない辺り、所詮雌蟲は雌蟲ということでしょう」 「で、でも……」 僕は食い下がった。ここで紅麗亜を説得できなければ、一生まともに外出できないかも知れない。必死だ。 「この様子だと学校のみんなに招待状送ってるだろうし、僕だけ欠席する訳には行かないよ」 「世間体など、気にする必要はありません。ご主人様は、ただメイドを受け入れることだけ考えていればいいのです」 まずい。取り付く島がない。 僕は懸命に、他の理由を考えた。 「で、でも……」 「今度は何ですか?」 紅麗亜の声が低くなり始めた。この件に関して僕が何か言えるのは、次が最後だろう。 それ以上続けたら、確実に紅麗亜は激怒して、僕を折檻する。 どうか紅麗亜が聞いてくれますように。祈りを込めて僕は言った。 「どんな人が先輩と結婚するのか、見たいな……なんて」 理由としては、弱いかも知れない。でも、思い付いたことを言うしかなかった。 ところが、紅麗亜の反応は予想外に上々だった。 「確かに、あの雌蟲がどんな男に身を売るのか、見てやる価値はあるかも知れませんね」 「で、でしょ? だから行ってこようかなって……」 「かしこまりました。では、私も警護として、同行させていただきます」 「え……? あ……」 喜びから一転、僕は焦った。紅麗亜について来られたら、先輩と話せないかも知れない。 いやむしろ、先輩の家で揉めてしまう可能性大だ。 しかし、紅麗亜に留守番をしていてもらう理由も思い付かない。 下手に同行を断ろうとしたら、パーティーに行く許可自体、取り消されてしまう恐れがあった。 かくなる上は、現地で何とかするより仕方がない。 消え入りそうな声で僕が「よろしく……」と言うと、紅麗亜は再び招待状に目を落とした。 「場所は雌蟲の自宅ですね。時間は……明日の午前中です」 ずいぶん急だった。確かに明日は休日なのだが。 これでは、来賓の人達はスケジュール調整が大変だろう。 ただし、僕に限っては、早いのがありがたかった。時間をおいていたら、紅麗亜の館に連れて行かれてしまうからだ。 できれば、この家にいる間に決着を付けたかった。 もちろん、そんな思いは口に出せないので、当たり前の感想を言っておく。 「ず、ずいぶん急だね」 「あえて無理な日程にすることで、誰が雌蟲の家に従順か、試しているのかも知れません」 「そ、そうかもね……うん。きっとそうだよ」 という具合に話を合わせておいて、その日は寝た。 326 :触雷! ◆0jC/tVr8LQ [sage] :2010/07/05(月) 06 45 48 ID DMr/6fCk 翌日、僕は紅麗亜と共に家を出た。 久しぶりの外出だ。気のせいだろうが、いつもより景色が生き生きして見える。 ちなみに服装は、僕が学生服で、紅麗亜はメイド服。 メイド服の紅麗亜と一緒に歩くと、案の定通行人の視線が集まった。 恥ずかしいと言えば恥ずかしいが、紅麗亜はメイド服以外の服を持っていない。さすがにクレームの付けようがなかった。 ――今日のことがうまく行ったら、紅麗亜に服でも買ってあげよう。 と思う。もっとも、メイド服以外の服を、紅麗亜が着るのかどうかは分からないけど。 お屋敷の前に到着すると、黒服を着た、見るからに屈強そうな男性が何人かいて、来賓の受付をしていた。 すでに来賓はかなり来ていて、門のところで行列を作っている。 礼服を着た大人から、制服姿の、僕や先輩と同じ高校の生徒までいた。 彼らのうち何人が、先輩の婚約をカムフラージュだと知っているのかは分からない。 だが、何にしろ、わずか1日でこれだけの人を集めてしまうのだから、中一条グループの実力は、やはり大したものだ。 僕達も列に並んで順番を待つ。やがて僕達の番が来た。 「ここですか? 負け犬の雌蟲を飾り付けて見物する会場は」 ギャー!! いきなり紅麗亜が、黒服の人に向かって嘯いた。のっけから挑発全開だ。 僕は慌てて紅麗亜を押し止め、急いで招待状を取り出すと、怪訝そうな顔をする黒服の人に見せた。 「ありがとうございます。どうぞ」 紅麗亜の挑発は、スルーしてもらえたようだ。事なきを得て、ほっとする僕。 だが、僕に続いて紅麗亜が中に入ろうとすると、黒服の人に止められた。 「申し訳ありません。招待状のない方はお通しできません」 よく考えてみれば、それが普通だった。 招待状は僕の分しかないから、入れるのは僕だけだ。 紅麗亜があまりにも当然のように“付いて行く”と言ったので、僕はついそのことを忘れていたのだ。 しかし、もちろん紅麗亜は、大人しく引き下がるタマではなかった。 「私はご主人様の所有物です。ご主人様がご自分の物を持って入るのに、何の不都合があるのですか?」 「いや、そういう訳には……」 紅麗亜に喰ってかかられた、黒服の人が苦笑する。もっともだ。 「付き添いの方のための会場も用意してございますので、そちらにご案内いたします。おい……」 黒服の人が、近くの同僚を呼ぼうとしたとき、突然紅麗亜はキレた。 「ご主人様から離れろと!? この私に!」 悪鬼の形相で黒服の人を睨み付ける。 「ひっ……」 黒服の人の股間から、見る間に液体が迸った。のみならず、口から泡を吹いてその場に昏倒してしまう。 倒れて動かなくなった黒服の人を、紅麗亜は路傍の石でも見るかのように見下ろした。 「フン。ご主人様とメイドの間を断とうとする者は、皆こうなるのです」 吐き捨てた紅麗亜は、傲慢な態度で周囲を見回した。 黒服の人は他にも何人かいたが、皆凍り付いたように動かない。 紅麗亜は満足そうに微笑むと、僕と手を繋いで、中に入ろうとした。 「さあ、参りましょう。ご主人様」 「「お待ちください!」」 そのとき、僕達の前、正確には紅麗亜の前に、2つの人影が立ちはだかった。 2人とも白人の女性だ。どちらも紅麗亜に劣らない長身で、過激なまでの体の凹凸が、服の上からはっきりと分かる。 片方はウェーブのかかった長い赤毛、そして赤のスーツ。 もう片方は短めのブロンド、そして青いスーツ。 言わずと知れた先輩の秘書、エメリアさんとソフィさんだった。 327 :触雷! ◆0jC/tVr8LQ [sage] :2010/07/05(月) 06 46 21 ID DMr/6fCk 「困りますね。勝手に入られては」 胸を張って紅麗亜に詰め寄るエメリアさん。凄い迫力だ。 「招待状のない方の来訪はお断りしますと、お手紙に書いてあったはずですが?」 ソフィさんも、威圧感が半端ではなかった。 「ですから、私はご主人様の所有物であって、招待状は必要ないと申し上げています」 もちろん紅麗亜も負けていない。言い返してエメリアさんとソフィさんを睨み付ける。 しかし黒服の人と違い、秘書の2人は微動だにしなかった。 「奴隷制度のあった時代ならいざ知らず、現代の日本でそんな理屈が通用するとでも?」 笑みさえ浮かべて、紅麗亜に反論するエメリアさん。彼女の言い分の方が、理屈は通っている。 紅麗亜にもそれが分かるのだろう。別の主張を始めた。 「私はメイドとして、ご主人様の警護をする義務があります」 「屋敷内のセキュリティは万全です。どうかご安心を」 「こんな人達を雇っているのにですか?」 失禁して倒れている黒服の人を、指差す紅麗亜。これについては、紅麗亜の方に分があるか。 僕個人としては、紅麗亜に対抗しろと生身の人間に言う方が、無茶に思えるのだが。 「「…………」」 「…………」 それはさておき、一歩も退かず、視殺戦を続けるメイドと秘書。 来賓の人達は、遠巻きにして見ている。 このままじゃいけない。僕は紅麗亜に話しかけた。 「あ、あの、紅麗亜……」 「はい。ご主人様」 「今日のところは、家に帰って待っててくれないかな?」 「しかし、ご主人様!」 「おやおや。ご主人様のご命令に逆らうのですね。よくできた所有物ですこと」 ソフィさんが、嘲るように言う。 ここに来て、ついに紅麗亜は折れた。 「……かしこまりました。ご主人様」 そして、秘書の2人に向かって言う。 「ご主人様のご命令ですから、忠実なメイドの私は服従いたします。しかし、ご主人様に僅かでも危害が及んだら、そのときは覚悟していただきます」 「「ご心配なく」」 エメリアさんとソフィさんは、微笑を浮かべて返した。 「ご主人様……非常に不本意ではありますが、ここで失礼いたします。パーティーの終わる頃に、お迎えに上がりますので」 「う、うん……」 僕は頷いた。 家の鍵は紅麗亜が持っているから、普通に入って待っていられる。 繋いだ手を放すと、紅麗亜は何度もこちらを振り返りながら、僕の家の方へと歩いて行った。凄く恨めしそうだ。 気の毒だが、ここは我慢してもらうしかない。 そして、彼女の姿が見えなくなったとき。 「「詩宝様」」 両側から僕を呼ぶ声がした。 見るとエメリアさんとソフィさんが、僕を挟んで立っている。 2人とも、満面の笑みを浮かべて僕を見下ろしていた。 「あ、あの……」 僕は何か言おうとするが、右腕をエメリアさんに、左腕をソフィさんに、ガッシと組まれた。 2人の巨大なバストの感触が、僕の両腕に伝わってくる。 「さあ、参りましょうか」 「ボスが首を長くしてお待ちです。フフフ……」 そして、僕は強引に屋敷の敷地に引っ張られていった。(ちなみに、例の失神した黒服の人も、同時に他の黒服の人に運ばれていった。) 僕の体は半ば浮いており、あたかも、2人の女看守に連行される罪人のようだ。 「あの……1人で歩けますから」 「お姫様抱っこで運んで差し上げた方がいいですか?」 「何なら、正面から抱きかかえて運んでもいいですよ?」 「…………」 2人の“脅迫”に、僕は沈黙した。 先輩に会って紅麗亜のことを話し、紅麗亜が僕の家で働くのを認めてもらえば、きっと事態は好転するはず。 そんな思惑を持ってやってきたのだが、果たしてよかったのだろうか。 言い知れない不安を抱えながら、僕はとうとう先輩の屋敷の玄関に入った。
https://w.atwiki.jp/i_am_a_yandere/pages/1617.html
6 :囚われし者:2010/06/03(木) 20 00 32 ID NP9HIF1y 「じゃあ、行きましょうか兄さん。」 翌日、優はニコニコとしながら僕の手を引き玄関をでた。 「あのさ、やっぱり・・・」 「兄さん、くどいですよ。」 「うっ・・・」 そうはっきり拒絶されると逆らえない僕である。 「そうですね、今日はちょっと街のほうまで出てみましょうか。」 「えっ、でもさほら、誰かに見られたりしたら・・・」 「嫌なんですか?」 「えっ」 「だから嫌なんですか。私と一緒にいるところが見られたら。」 「・・・嫌じゃ・・・ないです。」 とても恥ずかしいとは言えなかった。 「今日はめいいっぱい遊びましょうね、兄さん。あの女の事なんてどうでもよくなるくらいに。」 思いっきりの笑顔で僕と腕を組みながら駅へと向かった。 7 :囚われし者:2010/06/03(木) 20 00 58 ID NP9HIF1y 「お誕生日おめでとう綾華君」 ここ穂積台(ほずみだい)一番の豪邸である周防家では盛大なパーティーが開かれていた。 「いやぁ、この前生まれたばかりだと思っていたらもう立派なお嬢さんだ。」 「そんなことありませんわ、先生。」 適当に祝いの言葉受けながら、その目はただ一人を探していた。 (おかしい・・・全然見つからない・・・もしかして着てないんじゃ・・・) 今までは会場に入ると、知り合いもいないためずっと私のそばを離れなかった奨悟。 それが今年は全く見当たらないのだ。 「お誕生日おめでとう綾華ちゃん。」 「おめでとうございます。」 「あ、おじ様、おば様ありがとうございます。」 そこへ声をかけてきたのは先程から探している少年の両親だった。 柏城勉(かしわぎ つとむ)と柏城 陽子(かしわぎ ようこ)だ。 二人は根っからの研究者で非常に優秀なのだが、その代わりというか、良く言うならばおおらか、悪く言えばものすごく天然な人達だ。 「あの、奨悟君は今日着てないんですか?」 「あれ、着てなかったのかい気付かなかったなぁ。ハハハハハ」 (ハハハハハハ・・・じゃないわよ!) 自分の雇い主の娘の誕生日会に、招待されているハズの息子が居なくても気づかないこの二人とは、もう話をしても無駄だとわかった。 「じゃあ、私はちょっと電話してみます。」 「あぁ、よろしく頼むよ。うちの息子もバカだねぇ、タダでこんなにおいしい料理が食べられるっていうのに・・・」 「お父さん!はしたないですよ!」 (だめだ・・・この二人は・・・) 改めて無駄足であったことを実感させられたが、そんなことはどうでもいい。 とりあえず電話をかけてみることにした。 「PRRRRR・・・・・ガチャ」 「あ!奨悟!今どこで何してるの!?」 「何のようですか。」 声の主は予想に反して携帯の持ち主ではなく、その妹であった。 「あんたこそ何よ。なんであんたが奨悟の携帯とってんのよ!」 「あぁ、今兄さんは私とデート中ですからね。」 「デート・・・中?」 「そうですよ。兄さんはあなたの誕生日より私を選んだ。それだけです。」 「何言ってるのよ!!ちょっと奨悟に変わりなさいよ!」 「嫌ですよ。兄さんは私とデート中なんですから、水をささないでくださいね。ガチャ」 そう言うと電話は切れた。 周防綾華は困惑していた。 確かに今まで奨悟にはシスコン気味ではあった。でもまさかデートだなんて・・・ 例えデートがあの娘の戯言だったとしても、今私のところではなく、あの娘と一緒にいるのは動かない事実なのだ。 「許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。」 まるで呪文を唱えるかのように呟く。その顔には一切の感情は浮かばない。 まるで能面をかぶっているかのような少女は、ただひたすらに電話をかけ続けた。 8 :囚われし者:2010/06/03(木) 20 01 25 ID NP9HIF1y 「ただいま。っとどうしたの優?」 駅前のカフェでトイレからかえったところなのだが、優はとてもご機嫌そうだった。 「いえ、なんでもありませんよ。」 そうニコニコとした笑顔をこちらに向ける。 「そういえば兄さん。女の子とデート中に携帯は禁止ですからね。兄さんの携帯は私が帰るまで預かっておきます。」 「デートって・・・これは・・・」 「女の子である私と二人きりなんですから、これは立派なデートですよ。」 デートと言われて僕も急に恥ずかしくなった。 「ちっ・・・違うよ!これはデートなんかじゃ!」 「デートではなくてはなんですか?」 優の顔からはさっきの笑顔はなかった。 「あ・・・嫌、やっぱりデートだね。」 「そうですよね!兄さん。」 優は笑顔に戻っていた。 「じゃあ、行きましょうか。そうですね次はペアリングでも買いに行きますか。」 9 :囚われし者:2010/06/03(木) 20 02 22 ID NP9HIF1y 翌日、僕は周防家にいた。 昨日はあの後、街なかをめぐって帰宅した後携帯を返してもらった。 着信102件 メール65件 そこには普段では・・・というか通常ではありえない表示がされていた。 すぐその後に電話をかけ直して電話に出た綾華に言い訳をしようとしたのだが・・・ 「もういいから。とりあえず明日私の家に来て。」 ただその一言だけ発して電話は切られた。 そして朝、着替を終えて周防家に向かおうとで家をでると、すでにスタンバイしていた周防家のお迎えによって半ば拉致されるような形でここに連れてこられたのだ。 「ねぇ。」 「ハイ!」 「何か言い訳でもある?」 きっと昨日のことだろう。僕は必死に頭を巡らせる。 「きっ・・・昨日はそう!熱がでてさ!それで行けなかったんだゴメン!電話とかしようと思ったんだけど頭が朦朧としちゃってさ!」 「そう。それでもう熱はいいの?」 うまく・・・誤魔化せたのか?・・・ 「あぁ、もういいよ!一日寝たからすっかり元気だよ。」 「そうそれは良かったわ。」 良かったなどと言いながら、表情はまったくなかった。 それにしてもこの部屋は異常に熱かった。 今は6月に入ったばかりとはいえ、もう暑くなってきているにもかかわらずガンガンに暖炉がついていたからだ。 「あの、綾華さんこの部屋暑くないでしょうか?」 「あなたの体を思ってよ。病み上がりの体じゃ寒いよりも暑いほうがいいでしょう?」 「あっ・・・はい・・・」 「そんなことよりね。」 今日初めて、綾華から話をふってきた。 「あなた、自分の立場って考えた事ある?」 「僕の立場?」 「そう、普段はね、意識していないと思うけど。私とあなたは対等じゃないの。」 意味がわからない。 「どういう意味?」 「もし、私があなたにレイプされた、なんてお父様に言ったらどうなると思う?」 綾華のお父さんである現周防家の長であり、周防製薬の社長でもある人は綾華には激甘だと有名だ。 「きっと、あなたのことを許さないわ。それだけじゃない、あなたのご両親もきっとここにはいられなくなるでしょうね。」 ハッとした。 「あの人の良いご両親だもの。ここを失えば一体どうなるのやら・・・」 そんなの目に見えてる。 人を疑い、人を出しぬくことができないあの人達がここまでやってこれたのも、そういう性格を知ってそれを受け止めてくれた周防製薬があってこそだ。 ここを追い出されれば腐っていくのは一目瞭然だ。 「ごめんなさい、綾華、もう次はすっぽかしたりしないし、何でも言うこときくから・・・」 僕は必死だった。研究熱心であまり家には帰ってこなかったが、僕たちのことをずっと考えてくれている両親だ。 ここで下手なことを言うと、その両親を悲しませることになる。 それだけは避けないと。 「でもね、私と奨悟の仲だからね。ある条件を飲んでくれれば許してあげないこともないわ。」 「条件?」 「そう、あなたはこれから私の所有物。まぁ、下僕になればいいのよ。」 「げ・・・下僕?」 「そうよ。」 10 :囚われし者:2010/06/03(木) 20 02 48 ID NP9HIF1y 突然の提案に驚く。 「下僕っていうのは、具体的に何をすればいいの?」 「簡単よ。ずっと私のことだけを考えていればいいの。」 「綾華のことを・・・」 「そう。私のことを思って、私のために行動して、私のを喜ばせることがあなたの悦びになるの。」 いかにも余裕でしょ?っと言いたげな表情だ。 「わ・・・わかったよ。」 「良い子ね。やっぱり奨悟は物分りはいいわ。じゃあお願いしてみて。」 「お願い?」 「そう、私にお願い・・・懇願するの。下僕にしてくださいって。」 「べっ・・・別にそこまでしなくても。」 「奨悟!」 「わかったよ。えと、僕を綾華の下僕にしてください。」 ここまで言うと、綾華のさっきとうってかわって満面の笑をうかべた。 「良いよ!奨悟。じゃあ早速私の所有物になったんだから、名前を書かなくちゃね!」 「なっ・・・名前?」 「そうよ!」 彼女がパチンと指を鳴らすと、左右から屈強な男二人が現れ、僕を押さえ込んだ。 「ちょっ・・・何するんですか!綾華助けて!」 綾華はそんな僕を無視して暖炉へと歩いていく。 「今日はね、あなたのためにこの暖炉つけてもらったの。」 そう言いながら、綾華は暖炉から火かき棒のようなもの引き抜いた。 しかし、それは火かき棒ではなく、焼印だった。 「ねぇ、嘘でしょ?冗談だよね?いくらなんでもそれは・・・」 「だって、自分のものに名前を書くのは当たり前でしょ?」 さも当然かのように、熱された鉄を持ち近づいてくる綾華。 「やめて!お願い!そんなことしてくても僕は綾華のモノだから!」 「嬉しいことを言ってくれるわね。でも私はきちんとやらないと気がすまないタイプだから。」 綾華は薄ら笑いを浮かべながら僕の後ろへまわり、僕の服を引き裂いた。 僕の背中があらわになる。 「やめて!お願いだから!」 「そうねぇ、あの小娘にも見えるようなところがいいから・・・うなじでいいわね。」 「いやだ!!!やめろ!!!!」 全身に雷が落ちた。 「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!」 この日僕は、綾華の所有物になった。
https://w.atwiki.jp/i_am_a_yandere/pages/234.html
195 :ほトトギす ◆UHh3YBA8aM [sage] :2008/01/23(水) 20 41 21 ID WIoPUPLv 朝の通学路。 僕は今、そこを歩いている。 これは僕の意思なのか。 それとも、別の何者かの意思なのか。 実のところ、理解が及んでいない。 無論、学校へ往くと云う目的――或は慣例があり、それに従って行動しているのだから、大元では、僕 の意思であり、決定であると云える。 けれど、と、僕は思う。 こうして歩く。 否。 『歩かされている』ことは、自身の望んだそれではない。 僕の馬手に笑顔で腕を廻す一人の女性。 これは、その人の意思ではないだろうか。 織倉由良。 一昨日までは、尊敬する世話焼きな先輩。 そして、昨日からは、僕の恋人。 僕の弓手には、包帯が巻かれている。 云うまでも無い、従妹によって与えられた『罰』だ。 他方、織倉由良の押手にも、包帯が巻きついている。 それも、僕に与えられた『罰』なのだと云う。 「素直にならず」、「本心を偽った」、「悪い後輩に対する」、「本気の現れ」だと。 僕の腕にしがみ付く織倉先輩の表情は明るい。 道往く人人は、そんな僕らをどんな風に眺めているのだろう。 少なくとも、僕自身は冷ややかだ。 願わくば、今この瞬間が、夢幻であらんことを―― 「ねえ、日ノ本くん」 昨日の早朝。 立ち上がった織倉由良は、銀色の金属を片手に笑っていた。 それは折りたたみ式の果物ナイフ。 刃は大きめで、一般のそれよりも若干分厚い。 彼女は刃をむき出しにして、しっかりと柄を握り締めていた。 先輩は笑顔。 華の様な、晴れやかな笑顔。 破顔したまま、僕ににじり寄る。 「・・・先輩・・・?それ、何です、か?」 僕は引きつった顔のまま、銀色の金属を指差す。 この人は、どうしてこんなものを握り締めているのだろう。 どうしてこんな事になっているのだろう。 竦んでしまったのか、上手く身体が動かない。 「これ?これはね、保険」 「ほ、保険?」 「そう、保険。日ノ本くんが素直になってくれなかったときのために、一応持ってるだけだから」 だから気にしないで? 小首を傾げるように笑う。 (そんなこと云われても) 気にならないわけが無い。 「保険って、何の保険ですか・・・?」 声が震えている。 これは本当に自分の声だろうか。 僕が問うと、彼女は奇妙な笑顔のままで、ふふふと笑った。 子供の悪戯を微笑ましく見守る様な、そんな場違いの笑みだった。 「ねえ、日ノ本くん。私、知ってるんだ」 「何を、ですか・・・?」 “銀色”ばかりに目を奪われる。彼女の顔が、よく見えない。 ゆらゆら。 由良由良。 刃物が揺れる。 196 :ほトトギす ◆UHh3YBA8aM [sage] :2008/01/23(水) 20 43 35 ID WIoPUPLv 「ふふ・・・」 織倉由良は、声を出して笑ったようだった。 声を出して笑って、それから無造作に僕に抱きついた。 「日ノ本くん、貴方、私のこと、好きでしょう?」 「――は?」 白。 頭の中が、真っ白になる。 “銀色”のことも忘れて僕は呆けた。 片耳は聞こえない。 故に聞き違えたのかも知れぬ、と、そう思った。 それほどまでに彼女の言動は突飛で、この状況には不釣合いだったのだ。 「日ノ本くん、いつも私のこと、見てたでしょう?いつも私のこと、気にしてたでしょう?・・・知っ てるんだ、そういうの全部。全部知ってるの」 「なに、」 云っているんだ、この人は? そりゃ今までは、食事を御馳走になるとか、普通の先輩後輩に比べても、仲が良かったけれど。 でも、逆に云えばそれだけだ。 綺麗な人とは思うけれど、この人に懸想したことなど一度も無い。 勿論、誤解させるような言葉も云った事が無いはずだ。どうしてそういう結論になるのだろうか。 なのに、この人は何かを確信しているように、 「そうでしょう?」 等と質して来た。 (違う) そんな風に思っていはしない。 そう伝えようとして、思い出した。 僕の背中に廻っているこの人の右手には、刃物が握られているのだと。 「・・・・・」 僕は答えに窮する。 何と云えば良いだろうか、思いつきもしない。 時間にして数秒。 僅か数回分の呼吸の間。 けれど彼女は焦れたのか。 「答えて日ノ本くん。素直に云ってくれれば良いのよ?」 耳元に囁かれる声は強い。 (素直に?) 素直になんて、答えられるわけも無い。 「と、兎に角離れて下さい。このままじゃ、答えられないです」 取り敢えず、僕はそう返した。 背中に流れる汗が冷たい。自分の顔は多分に引きつっていただろう。 なのに、この人はどう解釈したのだろうか。 照れたような、奇妙な笑顔で頷いた。 「そうよね。日ノ本くん、奥手だものね。こうしていたら、答え難いかな?」 くすくすと身体を揺らしながら、彼女は距離を戻した。 「・・・・」 僕は彼女の持つ“銀色”に再び目をやって、じりじりと後ずさる。 一先ず答えを先延ばしにした。 けれど、このままではマズイだろう。 僕の背後は出入り口。 いざとなれば―― 「駄目よ?」 織倉由良は背後に廻る。 唯一の出入り口。 それを塞がれる。 「ちゃぁあぁんと答えてくれるまで・・・・・、帰してあーげない・・・」 僕の胸中を看破した先輩は、悪戯っぽく笑う。 一寸した悪ふざけみたいに、悪意無く。 だけど、僕には、それが却って怖ろしく感じられた。 『壊れている』 197 :ほトトギす ◆UHh3YBA8aM [sage] :2008/01/23(水) 20 45 38 ID WIoPUPLv 織倉由良の反応は、明らかにおかしい。 目の前の人間は、どこか壊れているのではないか。 僕には、そんな風に思えたのだ。 「せ、先輩・・・」 「ん?何、ナニ、なぁに?」 これから確実に訪れる幸福。 それを判りきっていて、尚恍ける様な仕種をする先輩。 この人は。 この人は僕が自分を愛していると“確信”しているのだ。 このすぐ後に、愛の言葉が囁かれるものと決め付けている。 何故そう思えるのか。 それを知る術は無いが、彼女がそう思い込んでいることだけが現実だ。 僕は―― 「先輩」 「何かな?」 嘘だけは吐きたくなかった。 だから。 「申し訳ないです」 勢いよく頭を下げる。 「僕は、貴女を異性としては意識していない。素敵な人だとは思うけど、恋愛感情は持ってません」 ついこの間。 実の妹のように思っていたある少女に婚約を持ち掛けられた時と、類似する状況。 “あの時”は片耳を失って尚、思い通りには往かなかったが。 今回はどうなるのだろう。 嫌な予感がする。 僕は拳を握り締め、反応を待った。 「・・・・・」 答えは返ってこない。 腰を折っているので、対象の表情も見えない。 (どうなった・・・?) 恐る恐る顔を上げる。 先輩は。 織倉由良は笑顔を消していた。 「ふぅん?」 けれど意外なことに、そこに怒りは無いようだった。 予測の範囲内。 僕をまじまじと見つめる先輩の表情は、無言のままそう云っていた。 「やっぱり聞いた通りなんだ?」 「え?」 「可哀想・・・」 憐憫の表情で、織倉由良は僕を抱きしめる。 (どういう事だ・・・?) 理解出来ない。 何がどう可哀想だと云うのだろうか。 何が聞いた通りなのだろうか。 「その事も知っているのよ?」 「その事?」 先輩は頷いて抱擁を強める。 「日ノ本くん、昔好きだった娘に、酷い振られ方をしたんでしょう?」 「!!」 ――藤夢。 僕の脳裏に泣きながら走り去る女の子の姿が浮かんだ。 あれは、僕にとっての忌むべき記憶。 けれど、気に病んでも仕様の無い昔話。 (いや、それよりも・・・) 「何で先輩が、その事を・・・!」 「私は知ってる」 聞こえる声は片方だけに。 198 :ほトトギす ◆UHh3YBA8aM [sage] :2008/01/23(水) 20 48 07 ID WIoPUPLv 「私は、日ノ本くんの事なら、何でも知ってるよ?その事で日ノ本くんが傷ついて、恋愛に臆病になっ てしまった事も。だから私に想いを打ち明けられないって事も。皆、皆、知っているの」 何を云っている? 藤夢の事は、確かに辛かったけど、それで恋に引け目を感じたことは無い。 どうしてそうなる? どうしてそう思う? どうして僕の過去を知っている? どうして。 「でも安心して?私だけは日ノ本くんを裏切らない。傷つけない。ずっと傍で護ってあげる。だから、 素直になって良いのよ?」 「ち、違う・・・」 僕は首を振る。 「あの娘の事は関係なくて・・・。僕は、先輩を恋愛対象としては、」 「見せてあげる」 織倉由良は言葉を遮った。 そして、自らの左手に、肉厚のナイフを寄せ、 「私は、貴方のために、命だって掛けられる」 呆然とする僕の目の前で、織倉由良は刃物を引いたのだ。 飛び散るのは、赤。 生命の赤。 先輩の、命。 「う、うわあああああああああああ!!!!!」 僕は叫ぶ。 「せ、先輩!!何してるんですか!!!!」 「どう?信じて貰える?」 彼女は微笑む。 僕には意味がわからない。 何をやっている。 何でこうなるんだ!? 「ほら、素直になって?云って良いのよ?私のこと、好きだって。付き合って欲しいって」 どくどく。 ドクドク。 生命が流れて往く。 「せ、先輩!手!手、押さえて!!」 「駄目よ!」 慌てて近づく僕を突き飛ばす。 僕の顔に。 先輩の制服に。 部屋の壁に。 和室の畳に。 生命が、飛び散った。 「云ったでしょう?命を掛けられるって。日ノ本くんが素直になれないうちは、治療なんてしない」 素直って、こんな時まで・・・・! 状況がわかっていないのか!? 「まだ素直になれない?それなら・・・」 赤く染まった金属が、自身の首へと移動して往く。 動きに躊躇が無い。 それは、『結末』が確定すると云う事。 駄目だ。 この人は本気だ。 壊れている。 壊れたままで、本気で命を掛けてしまう! 「先輩!やめて下さい!!」 僕は彼女の腕を強引に押さえ込む。 彼女は激しく暴れて、傷口は益益開いて往った。 僕の服に滴った血液が、じくじくと染み込んで往く。 「離して!離して!!私は日ノ本くんのためだったら命だって掛けられる!それを証明するの!!だか ら離して!!!!!」 199 :ほトトギす ◆UHh3YBA8aM [sage] :2008/01/23(水) 20 50 53 ID WIoPUPLv 「離せるわけ無いでしょう!!死ぬ気ですか!?」 「離して!離しなさい!!」 「だから、先輩、落ち着いて下さい!!」 「落ち着いてる!私は落ち着いてる!!落ち着いているから、こうしているの!日ノ本くんのために、 本気の証明をしてあげるの!私のこと、好きだって云える様にしてあげるの!!!!!」 駄目だ。 話が繋がっていない。 死んでしまう。 こんなくだらない、訳の判らない事で。 この人は死んでしまう。 「わ、わかりました!!」 叫んだ。 彼女を止めるために、僕は力の限り大きな声で叫んでいた。 「ぼ、僕は、」 他に選択肢が無いのだから。 「僕は先輩を・・・・・愛しています!」 紡がれた言葉は全くの偽り。 その場逃れの為の方便。 自分を曲げた事に対する慙愧の念が渦巻いた。 それは多分、一人の人間をこの世に繋ぎ止める為に、より深みに嵌る行為。 暗く澱み、捩れた洞窟の奥底へ入り込むことと同義。 目の前には、真っ赤な笑顔がある。 酷く歪な、狂気と安堵を混合した緩い口元。 「あは・・・」 そこから、弛緩した空気が漏れて往く。 「やっと素直になってくれたね、日ノ本くん」 そして。 僕の腕には蕩けた笑顔の織倉由良が纏わり付いている。 傷を考えると登校なんて出来ないだろうに、それでも包帯を巻いた彼女は遣って来た。 「日ノ本くん、一緒に学校へ往きましょう?」 そう云った彼女の笑顔は、以前見た、平常なそれであった。 先の事象を忘れさせるような、いつもの笑顔。 だけど僕は知っていた。 彼女の持ち物の中に、昨日のナイフがあることを。 それは即ち、何時でも“あれ”が起こり得る事を示唆しているのだ。 今僕に絡み付いている先輩の腕は、きっと物質的なものだけでない、別の次元で僕を捕らえているのだ ろう。 『離れれば、死ぬ』 暗にそう宣言されているように感じた。 だから、僕は気が重い。 この人自体の状況は勿論、今この状態を従妹が知ったらどうなるのだろう。 あの美しい鶯は、先輩と僕を是とするだろうか。 彼女の父。 楢柴文人は、あの婚約は破棄して良いと云ってくれた。 けれど、綾緒がそれを承諾するとは思えない。 宙ぶらりん。 否。 左右から身体を引っ張られ、宙に浮いているような状態だ。 どちらかの手が離れるにせよ、残っているのは“落下”だけではないだろうか。 そしてこの先、かなりの確率で“それ”は起こるだろう。 そうなる前に・・・この身体に命綱を巻いてくれる人間でもいれば良いのだが―― ―――――――――――――――――――――――――――――――――――― 200 :ほトトギす ◆UHh3YBA8aM [sage] :2008/01/23(水) 20 52 57 ID WIoPUPLv 楢柴綾緒が楢柴文人に呼ばれたのは、その日の内の事である。 従兄――日ノ本創が病院を抜け出したその日。 名閥の総帥が自ら彼に謝罪に赴いた、数刻の後の話。 家の者に娘の健康状況を聞き、問題無しと判断した文人は、我が子を一室に通させた。 「とうさま、この忙しい最中、どの様な御話でしょうか?事業の方も佳境であると聞き及んでおりまし たが、会社を空けて大丈夫なのでしょうか?」 「・・・・」 彼は答えない。 拱手したまま、じっと娘を見つめている。 顔色はそう悪くない。 表情もいつものそれだ。 血液の交換等と云う狂行を引き起こしたとは、とても思われない程に。 けれど文人は顔を引き締める。 外貌や雰囲気だけで他者を判断する愚者では、名閥の長は務まらない。 対する娘は、実父の表情から、重い真剣な話であると読み取り、脳内を切り替える。それでも彼女の 口元は、穏やかな薄笑みを浮かべているのだが。 「綾緒」 「はい」 重厚な声と、涼やかな返答。 鋭い瞳と、柔らかな笑顔。 それらが交叉した後、文人はゆっくりと口を開く。 「病院から連絡があった」 「病院?とうさま、何処か御身体を壊して御出でですか?」 「韜晦は無用だ。お前が創くんにした事――その一部始終を聞いたと云ったのだ」 「さて・・・」 綾緒は首を傾げる。 穏やかな笑みは、酷く妖艶に。 それは、人ではなく、妖しの者の気配であるように彼は感じた。 「わたくしが創さまに為した行為が、とうさまにどのような関係がありますか?」 「私は楢柴の総帥だ」 「存じております」 「なれば――家中の者の愚行は見逃せん」 彼の瞳は強い。 並の人間ならば、竦みあがる程に。 けれどその娘は、柳に風と受け流す。 「愚行、で御座いますか。それはどれを指しているのでしょうか?」 「莫迦者っ!!!」 獅子が吼える様に。 彼の一喝は空気を振動させる。しかし、娘に動じた様子は見られない。 「とうさま、何故その様に声を荒げるのですか。わたくしにも判るように御話下さいませ」 「お前は自分の仕出かした事の是非も判らんのか!?」 「判っているから――判っているから、質しているのです。わたくしにとって、創さまは総てです。命 よりも、楢柴の名よりも大切な御方です。その様な御方に、わたくしが無礼を働くでしょうか?」 「では問う。血液を無理矢理に取り替える。その様なことが、許されると思っているのか」 「許し?」 ふっと、綾緒は笑う。 「わたくしと創さまの間に起きた事に、何故余人の許しが必要でありましょう?創さまに流れる薄汚い 血を清算し、雑種の頸木からあの方を開放したことは、わたくしの人生の中でも屈指の善事であったと 自惚れております。その件に関しては、たとえ楢柴の長と云えども踏み入れぬ領域の話。とうさまと云 えど、立ち入って良い事ではありません」 「その様な一方的な思い込みで他者を傷つけるな!!」 「思い込み?」 綾緒の表情が消える。 何も無いのに、何処か冷たい。 そんな顔に。 「“外様”の貴方がなにを仰るのですか?創さまは一言でも、不愉快であると、苦痛であると云いまし たか?云っていないでしょう。あの方も綾緒の行為を喜んでおられるのですから」 「そう云い切るのであれば、お前には彼の妻になる資格は無い。慕っているならばこそ、その顔で、そ の立ち居振る舞いで、胸中を察してやるべきであろうが」 201 :ほトトギす ◆UHh3YBA8aM [sage] :2008/01/23(水) 20 55 07 ID WIoPUPLv 「察しているからこそ、ああしたのです。血抜きはそれなりに苦しいのですよ?奉仕と喜びがあるから こそ、艱難辛苦に耐えることが出来るのです」 「・・・・」 誇りに満ちた表情で云い切る娘を見て、楢柴文人は眉を顰める。 (話にならん) ここまでとは。 ここまで歪んでいるとは、思いもしなかったのだ。 「・・・綾緒」 「はい」 「お前と創くんとの婚約は無かったことにする。その事は、彼にも伝えてある」 「――」 無。 今度は、冷たさも無い、完全な無。 突然の出来事に、綾緒は呆然とする。 「これは楢柴の総帥としての決定だ、そして、お前には謹慎を命ずる」 「・・・・・」 「本来なら、お前を引き摺ってでも彼の元に連れて往き謝罪させるべきなのだろうが、お前が自らの過 ちを認識していない状態では、謝らせる意味も無い。暫く頭を冷やせ。良いな」 これ以上言葉を交わすことは無意味。 説得も箴言も無用。 そう判断した文人は、娘に一瞥もくれずに退室して往く。 一人残された綾緒は、理解の及ばぬ状況に心がついて往かず、反駁も疑問も口に出せなかった。 何故、愛しい兄の為に行動した自分が叱責されるのか。 何故、愛しい兄への想いを説明した途端にこうなるのか。 父親が諧謔を好まぬ人間だとは知っている。 だからこそ、降って沸いた婚約の解消に呆然とする。 その決定が覆らないことを知っているから。 あの人は何故、急に婚約破棄をさせるのか。 愛しているから、尽くしたい。 愛しているから、料理をしてあげたい。 愛しているから、掃除をしてあげたい。 愛しているから、洗濯をしてあげたい。 愛しているから、ひとつになりたい。 愛しているから、不安や不満を解消してあげたい。 あれは。 血の交換は。 将来、一定以上の血統を持つ人間と交わる時に、引け目を感じないようにと考えた結果だ。 契って後、子を為した時、その子に血統を誇って貰うためでもある。 つまり、奉仕の一部でしかないのだ。 食事を作り、清掃をする。 それらとなんら変わらない“御世話”の一環なのだ。 何故それが理解できないのだろう? 父は今まで、自分を良く出来た女と評価していたはずだ。 それは、喩えるならば、料理で尽くす事を褒めておいて、掃除でも尽くしたら途端に“悪”と罵られる ようなものだ。 何でそうなるのだろう。 綾緒には判らなかった。 その中で一つだけ理解できたこと―― それを彼女は口にする。 「・・・・とうさま、貴方は、綾緒の“敵”なのですね――」 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――
https://w.atwiki.jp/i_am_a_yandere/pages/743.html
545 :ほトトギす ◆UHh3YBA8aM [sage] :2007/05/26(土) 12 08 02 ID OltU+Q9A さわさわと道の並木が揺れる。 僕が半歩前にいて。 従妹が半歩後にいる。 繰り返し繰り返し続けられる立ち居地。 前へ出ることも無く。 共に並ぶでもない。 けれど見えぬほど後ろにも無く。 唯、静かにそこに在る。 今は綾緒だけが、そこにいる。 5回。 それだけ春を遡ると、僕と綾緒の傍には、もう一人の少女がいた。 僕らの遠い親戚で、名族・楢柴の分家。 充分高貴と云える家柄なのに、良い意味でお嬢様らしさを感じさせない爛漫な女の子。 加持藤夢(かじ ふじめ)。 それが、彼女の名前。 僕らの傍にいた少女の名前。 僕の――初恋の相手の名前だ。 僕の父は5代前の先祖の名前もわからない、まさに一般人だった。 そんな父が愛したのは、名門・楢柴の長女。 どこで知り合ったのかとか、どうやって仲良くなったのかとか、そんなことを教えてくれたことは 無い。話を聞こうとすると、笑って誤魔化すだけだった。 唯、二人が真剣に愛し合っていることだけは子供心に感じられた。 楢柴は名家だ。 『高貴』な娘と『雑種』の雄の婚姻には、当然反対した。 その反対の『手段』は嫌がらせで済むレベルでは無かったようだ。 それでも結婚にこぎつけたのは本人達の意思と、一握りの協力者があったから。 父の友人達と、母の姉代わりだった分家の女性――加持家の当主の協力が。 『雑種』に娘をさらわれた楢柴本家の人間は父を深く憎んだらしい。けれど子供が生まれると、 次第に両家は打ち解けたようで、ついには挨拶程度ならば出来るようになったという話。 そんな縁があるからだろう。 母方の親戚とはあまり面識が無いが、加持家の人々とは長い付き合いになる。 だから僕と藤夢が出会ったのも、記憶に無いくらい昔の話。 当主の娘・藤夢は母親譲りの温厚な人柄と明るさを備えていた。 同い年というのも手伝って、僕と彼女はすぐに仲良くなった。 否。僕はそう思っていた。 加持の家は他県にあるから滅多に会うことは出来なかったが、それでもたまに会える藤夢の姿を 見ることが僕の楽しみだった。 初恋。 自身の感情をそう判断できたのは、歳も二桁になってからだ。 「藤夢ちゃんのことが好きなんだ」 どうしたものかと悩む僕は、綾緒にそう相談した。 「まあ、にいさまが、藤夢のことを?」 従妹は穏やかに驚く。 綾緒はひとつ年上の藤夢を呼び捨てる。対して藤夢は綾緒にさん付けをする。それは主家と分家の差 だったのだろう。 「どうすれば良いかな」 僕が問うと、綾緒はニッコリと笑った。 「勿論、藤夢に想いを伝えるべきです。“そのままにしておく”ことはありません」 「そうかな?」 「はい。綾緒はにいさまを応援致します」 「そうか、ありがとう。なら早速――」 「駄目ですよ、にいさま」 突然の静止に僕は振り返る。 「“今”は駄目です。明日以降。明日以降にして下さいませ。綾緒にも・・・準備がありますから」 「準備?」 「はい。準備です。ですからにいさま、藤夢に想いを伝えるのは、明日以降に」 従妹に念を押され、僕は翌日、藤夢を呼び出した。 子供とはいえなにか察していたのだろうか。 約束の場所に来た藤夢は、酷く暗い顔をしていた。 546 :ほトトギす ◆UHh3YBA8aM [sage] :2007/05/26(土) 12 10 01 ID OltU+Q9A 怪我でもしたのだろうか。 彼女は指先に包帯を巻いていた。 僕は一瞬迷う。 なにも云わないほうが良いのではないかと。 「好き」 そう伝えてどうなるかなんて、考えもしない。 交際という概念もない子供だった。 唯、想いを伝えたかったのだ。 僕は意を決して藤夢に想いを告げる。 彼女は僕の言葉を聞くと、目を見開いて泣き出した。 そして消え入るようなこえで、 「・・・・ごめんなさい・・・・」 そう云って泣き崩れた。 ショックだった。 藤夢も僕を好いてくれていると思っていたのだ。 だから勇気を出せたのに。 「藤夢ちゃん、僕のこと・・・嫌いだったのか?」 「ち、違うの!私だって、創ちゃんのことを――」 「にいさまのことを?」 凛とした声が響いた。 「――ひっ」 藤夢は身体を竦ませる。 「綾緒・・・・」 従妹がそこにいた。 綾緒は微笑みながら僕の傍に来る。 「申し訳ありません、にいさま。つい“心配”になって、来てしまいました」 従妹は僕に腰を折り、分家の少女に向き直る。 「ねえ、藤夢、にいさまの想いは聞いたのでしょう?それで、貴女はなんと答えたの?」 「う・・・・ご・・・・ごめん、なさい・・・・って・・・・」 「まあ」 綾緒は口元に手を当てる。 「信じられませんね。にいさまの御心を踏みにじれるなんて」 「・・・・・・」 「どうして?藤夢。にいさまのどこが気に入らないの?」 「そ、それ、は・・・・」 「それは?」 「・・・・・・」 「それは、何?云うのよ、藤夢」 「わ、私・・・・は、創ちゃんのことが・・・・・」 ぎゅうぎゅうと手を握っていた。 包帯の先が赤く滲む。 そして搾り出すように云う。 「創ちゃんのことが・・・・・だいっきらい・・・・・だか・・・ら・・・」 「――」 大嫌い。 そう云われて僕は放心した。 ずっと仲良くしてきた女の子が。 ずっと好きだった女の子が。 こんなに泣き出すほど、僕を嫌っていたなんて。 「藤夢」 綾緒は少女をを睥睨する。 「貴女、最低よ?断るにしても、もっと云い方があるでしょう?こんな人様を傷つけるような云い方を するなんて、失礼だと思わないの?」 「う・・・・だって・・・・!それは、」 「それは?」 「ひっ・・・・」 少女はあとずさる。 「ごめん・・・・・。ごめんね、創ちゃん・・・・」 そう云って立ち去った。 547 :ほトトギす ◆UHh3YBA8aM [sage] :2007/05/26(土) 12 11 59 ID OltU+Q9A 僕は追いかけることが出来なかった。 大嫌い。 そう云われたショックで、頭の中が真っ白だったのだ。 「にいさまぁ」 綾緒は僕に取りすがる。 「辛かったでしょう?悲しかったでしょう?可哀想なにいさま。でも、安心してください。綾緒は、 綾緒だけは、にいさまの傍におりますから」 「綾緒・・・・だけ、は・・・」 「ええ。綾緒“だけ”です。綾緒だけはにいさまの味方です」 僕は泣いた。 膝を屈して泣いた。 従妹は僕の頭を撫でる。 「にいさま、藤夢はにいさまの良さを理解できなかったのです。でも、綾緒は違います。にいさまの 素晴らしさを理解しています。にいさまには綾緒だけなんです。ですからもう、藤夢には逢わないで 下さいませ。そのかわり、綾緒が傍におりますから」 「・・・・・」 「藤夢には後できつく云っておきます。二度と邪な感情を抱かないように、念を押しておきますから」 撫でながら従妹は云う。 そうして、僕の初恋は終わった。 藤夢と逢うことももう無い。 まわりにいる母方の親族も、今は綾緒だけになった。 「卒爾ながら、にいさま」 半歩後ろを往く従妹は、僕を追憶から呼び覚まして問う。 「先ほど、にいさまの学び舎に制服を着た童女がおりましたが、あれは一体何だったのでしょうか?」 「童女?ああ、一ツ橋のことか」 僕は苦笑する。 「部活の後輩だよ。アレでも一応、お前と同い年なんだよ?」 「まあ・・・・」 綾緒は口元に手を当てる。 「彼女は、綾緒と同学年なのですか。てっきり初等部の学生かと・・・・」 「お前の通ってるとこと違って、うちは初等部とかないよ」 従妹の通う名門私立校は、幼稚舎から大学院までを兼ね備える巨大な教育施設である。 幼少時から社会に出るまでの間を総て光陰館で過ごすものも少なくない。かく云う綾緒もその一人だ。 「彼女は、一ツ橋様と云うのですか」 「うん。一ツ橋朝歌。高校一年生」 そう答えると、従妹は考え込むような仕草をみせる。 「にいさまには、そう云った嗜好はないはず・・・。けれど一応は・・・・」 「綾緒?どうかしたのか?」 「いいえ。何でもありません。それよりもにいさま」 従妹は微笑む。 どこか醒めた瞳で。 「今日はきちんと、朝餉を摂って頂けましたか?」 「――」 僕は言葉に詰まる。 朝。 食べたのは先輩のそれ。 従妹の用意した食材は生ゴミとして処理されたのだから。 「あ、えと・・・」 「どうなされました、にいさま?」 綾緒は小首を傾げる。 薄い笑み。 心底の読めぬ貌。 「ご、ごめん・・・・」 「ごめん?何故にいさまは綾緒に謝罪なさるのですか?」 にこにこと。従妹は笑い続ける。 「その、今朝は・・・綾緒の料理を食べられなかった・・・」 「食べられなかった?寝過ごされたのですか?」 「そうじゃなくて・・・・・」 548 :ほトトギす ◆UHh3YBA8aM [sage] :2007/05/26(土) 12 14 00 ID OltU+Q9A なんと云えば良いのだろう。 捨てられたとは云いにくいが、嘘を吐くのも躊躇われる。 「そんなに云い難いですか?綾緒ではなく、織倉由良の食事を選んだとは」 「――!」 僕は慌てて振り返る。 綾緒の顔に笑みは無い。 「ど、どうして」 「どうして?綾緒はにいさまをいつでも見ています。にいさまの事で解らぬことはありません」 「う、ぁ・・・・」 怒っている。 従妹は表情に出さぬ怒りを纏っている。 約束を破ったこと。 食事を摂らなかったこと。 先輩に世話にならぬと云えなかったこと。 その、総てに。 「さあ。帰りましょうにいさま。釈明は家で聞かせて頂きますから」 従妹は笑顔に良く似た――酷く歪な表情を作った。 「矢張り和装のほうが落ち着きますね」 目の前に座る従妹は着物姿。 この家には綾緒に着替えや私物も僅かながら置いてある。 今、綾緒の手に握られている『それ』も、そのひとつだ。 家に着いた綾緒は扉を開け、僕の靴を揃え、制服の埃を払い、私室まで荷物を運び、一礼した。 総てが完璧な、淑女としての所作。 その綾緒の前に正座する僕は、従妹の持つ器具に目を奪われ、動くことが出来ない。 従妹の傍らには白い箱が置いてある。 救急箱。 赤十字のシンボルがついたそれは、家の治療用具容れだった。 「さて、にいさま」 目を細めた綾緒は、僕を見据える。 「にいさまは綾緒との約束を破りましたね。それについて、弁解があれば聞いておきますが」 カチ。 カチ。 カチ。 カチ。 綾緒は手に持った『器具』を鳴らす。 ガチ。 ガチ。 ガチ。 ガチ。 僕は口の中を鳴らした。 「ご、ごめんよ、綾緒。僕が悪かった・・・・!!」 頭を下げる。 体裁もなにもない。唯ひたすらに許しを請う。 朝の一件。その総てを偽り無く話しながら。 「にいさま。それほど自らに非があるとお考えならば、何故綾緒との約束を破りましたか?」 「ごめん、ごめんよ・・・・」 何を云っても云い訳になる。だから頭を下げるしかない。 「嘘偽りなく話したことは評価しましょう。ですが罪は罪。罰は罰です。にいさま。お手を上げて 下さいな」 「う・・・・」 カチ。 カチ。 カチ。 カチ。 綾緒は笑顔で器具を鳴らす。 僕は震えながら右手を差し出した。 「左手で結構ですよ。正直に話せたご褒美に、利き手は勘弁してあげます」 「・・・・・」 549 :ほトトギす ◆UHh3YBA8aM [sage] :2007/05/26(土) 12 16 01 ID OltU+Q9A 云われたとおりに左手を出すと、綾緒は『ペンチのようなもの』を中指の爪に宛がう。 「にいさまは綾緒の大切な方です。ですから、手心を加えて差し上げます」 べきり。 嫌な音と、感触が響いた。 「――い」 そして僕は。 「い゛い゛い゛あ゛あ゛あ゛あああああああああああああ!!!!!!」 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い 痛い痛い痛いぃぃぃぃぃ!!! 左手を押さえてのた打ち回った。 従妹の手にあったもの――爪剥がし用の『拷問具』。 綾緒は剥げた僕の爪を舐める。 「本来ならば、爪を砕いて割れたものを一つ一つ丁寧に剥がすのですが・・・・・にいさまに そこまでの無道は出来ません。これは綾緒の慈悲と知って下さい」 「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛・・・・!!」 のた打ち回る僕を押さえつける。 そして、左手を取った。 「にいさま」 爪の剥げた中指に、綾緒は爪を立てる。 「い゛っ――!!!!!!!」 痛みで暴れだすが、身体はピクリとも動かない。 柔術の印可を持つ綾緒には、抵抗しても無駄なのだ。 「綾緒のにいさまは“良い子”ですよね?今回は折檻しましたが、次からは約束の守れる“良い子” になれますよね?」 「あ、あ゛あ゛あ゛あ゛あ・・・・・っ」 頷いた。 泣きながら何度も頷いた。 「そう。それで良いのですよ。いつもにいさまは綾緒の思うがままにしてくださいますものね」 僕の傷口を舐める。 繊細な舌遣いは、鈍い痛みとなって脳髄に響いた。 『手心を加えた』 その言葉は、恐らく嘘ではない。 今の綾緒はそれほど怒っていないのだ。 僕が素直に謝ったから、たったこれだけで済んだのだ。 「わかって下さい。綾緒はにいさまが大切なのです。なによりも。誰よりも」 ちゅぱちゅぱと。 ぴちゃぴちゃと。 いつまでも従妹は僕の指をしゃぶり続けた。 朝早く目を覚ます。 左手がジンジンと痛い。 あの後―― あの後綾緒は実に甲斐甲斐しく、僕の指の治療をした。 爪を剥いだ本人だというのに、心底心配そうに手当てする。 「にいさま、あまり綾緒を困らせないで下さいませ」 そう云って、僕ともう一度『約束』をした。 「この家にはもう、織倉由良を入れないようにして下さいな。良いですね?」 僕は頷くしかない。 包帯を見る。 指先には、僅かに血が滲んでいた。 昨日のアレは、綾緒の『お仕置き』としては軽いほうだった。 そのことで僕にもまだ恐怖が残っているのだろう。二日続けて早朝に目が覚めるなんて。 身体はだるいが、眠気は無い。食欲も、ある。 だから、まだかなり早い時間ではあるが、朝食を摂った。 今日こそは綾緒の用意した食べ物を。 550 :ほトトギす ◆UHh3YBA8aM [sage] :2007/05/26(土) 12 17 59 ID OltU+Q9A 能面・『深井』と目が合う。 「綾緒はにいさまをいつでも見ています」 その言葉を思い出す。 「今日は・・・・今日からは気をつけないと」 身震いしながら後片付けをする。 まだ6時40分。 時間的にはかなりゆとりがある。 ガチャン、バタン。 「え?」 鍵の――そして扉の開く音がした。 家を空けている両親はまだ帰っていない。 従妹ならば呼び鈴を必ず鳴らす。 泥棒ならば、玄関から、しかも音をたてて入るようなことは無いだろう。 「な、なんだ・・・!?」 驚いていると、静かな足音が近づいてくる。 「え?」 音の正体を視認して、僕は目を見開く。 いてはいけない人が。 来てはいけない人が。 入れてはいけない人が、そこにいた。 「ああ、日ノ本くん。もう起きてたんだ」 先輩―― 織倉由良は買い物袋を下げたまま、僕に微笑んだ。 「ど、どうして先輩がここに?」 「やだな。日ノ本くんのご飯を作るのは、お姉さんの役割でしょう?だから来たの。折角だから 起こしてあげようと思ったんだけど、もう起きてたのね」 「え、う、でも、鍵・・・」 混乱で上手く喋れない。 それでも意味が通じたのか、織倉由良は片手を持ち上げて見せた。 「これ」 うちの鍵と良く似たものが摘まれていた。けれどそれには見たことのないキーホルダーが 付いている。 「合鍵。この間作っておいたの。こうすれば、いつでもこの家に入れるでしょう?」 (合鍵って・・・・鍵なんて、渡したこと無いのに・・・・) にこにこ。 にこにこ。 先輩は笑う。 (綾緒はいつでも) まずい。 (見ていますから) まずいぞ。 追い返さなければ。 昨日の今日でこんなことになったら、きっともっときつい『お仕置き』をされてしまう・・・! 「今日はパスタにしようと思うんだけど、どうかな。少し軽めにして――」 僕を無視するように喋っていた先輩は、洗い場を見て言葉を止める。 「あら?」 食器に触る。洗い立てのそれは、当然のごとく湿っていた。 551 :ほトトギす ◆UHh3YBA8aM [sage] :2007/05/26(土) 12 19 13 ID OltU+Q9A 「日ノ本くん、もうご飯食べたの?」 先輩は振り返った。 「そ、そうです。もう食べて、おなか一杯なんで、今日のところは・・・」 「トイレ往って来て」 「え?」 「トイレに往って、全部吐いて来て。おなかの中を空にすれば、充分食べられるでしょう?」 「そ、そんな・・・」 「なぁに?まさか“食べない”なんて云わないわよね?」 先輩が近づいてくる。 (どうしよう・・・。どうしよう・・・・) 「おはようございます」 「「!?」」 突然の声。 ちいさいのに、良く通る澄んだ声がした。 僕らは慌てて振り返る。 「朝歌ちゃん?」 「ひ、一ツ橋?」 僕らは驚く。 こんな場所で会うことの無い人物。 ちいさな後輩がそこにいた。 なんでここに? 僕の疑問を他所に。 「どうも」 一ツ橋はいつもの調子で感情の無い挨拶。 言葉もないまま。 僕と先輩は顔を見合わせた。
https://w.atwiki.jp/i_am_a_yandere/pages/713.html
38 :おにいたん3(仮称) ◆dkVeUrgrhA [sage] :2007/04/19(木) 20 29 53 ID iavPXILR その街は温泉が湧いていた。 近くに大都会が存在したため、その街は都会の奥座敷として栄えた。 ---それも過去の話。モータリゼーションは日本全国と都会の距離を縮めてしまった。 都会の人々は増えた選択肢を有効に活用しだした。 距離以外のアドバンテージがなかったその街は寂れるしかなかった。 この街で旅館を経営していたある人物は、旅館に見切りをつけて故郷を出て行った。 それから十数年。飲食店業に手を出した人物は数店舗を持つにいたり、故郷に凱旋した。 彼は故郷にも店舗を構えた。自分の成功の証として。赤字でもかまわないつもりだった。 ---その店は、『テュルパン』といった。『おにいたん、だいすき!3』開幕。 ************ 「おにいさん!相席、よろしいですか?」 「へ、俺?」 夏、麻枝耕治は新たに受けた辞令を持ってテュルパン4号店へと向かっていた。 『麻枝耕治は2号店店長代理兼マネージャーの任を解き、4号店店長代理兼マネージャーを命ずる』 横滑り人事であったが、勤務先が「あの」4号店と聞きかなり鬱になった。 万年赤字。店員は曲者ぞろい。客も曲者ぞろい。そして・・・。 テュルパンは現在5店舗存在するが、1~3は街中にあり、5号店は郊外の海水浴場近くにある。 4号店だけは、本部から車で高速道路を3時間ほど走ったところに存在していた。 幹線道路沿いではあるが温泉街の中にあり、都会型店舗であるテュルパンとしてはかなり異質な店舗である。 何でも創業者がこの温泉街の出身らしく、近くにはテュルパンの保養所も存在する。 さて、耕治は4号店に向かう途中、他社のファミレスに食事に立ち寄った。 他社店舗での食事も重要な仕事である・・・ そう自分に言い聞かせて入ったのはテュルパンと客層がかぶるであろう洋食中心メニューの店。 女性アテンダント(=ウエイトレス)に案内されて席に着き、メニューを眺めていたときである。 「おにいさん!相席、よろしいですか?」 「へ、俺?」 メニューから声の主を上目遣いに見てみると、小柄な女の子が立っている。 年齢は美衣菜ちゃんと同じぐらいか、もっと幼い感じがする。 髪型はショートボブを無理に上でお下げをつくり、リボンでくくったような感じ。 ・・・というか、ツーテール(ツインテール)のお下げを短く切ってしまったような? 顔は小さく目は大きく、きれいというより可愛らしいという表現がぴったり。 耕治は声をかけてきた女の子を数秒観察した後、店の中を見回した。 店の中は込んではいたが決して空席がないわけではない。 「だって・・・一人でさびしく食べるより、お兄さんみたいな人と一緒に食べたほうがおいしいから・・・」 伏目がちにぼそぼそとそんなことを言われたら転ばないほうがどうかしている。 「いいよ。前に座って」 「いいですか?!おにいさん、ありがとうございます!」 女の子はぴょこんとお辞儀をすると耕治の前のソファーに腰を落とした。 39 :おにいたん3(仮称) ◆dkVeUrgrhA [sage] :2007/04/19(木) 20 32 55 ID iavPXILR 「では・・・はじめまして!あたし、まなみっていいます! 好きな食べ物は太っちゃうのであんまり食べたれないけどショートケーキで・・・」 「ちょ、ちょっと!」 まなみと名乗った女の子は座るや否やいきなり自己紹介を始めた。 早口で自分のことばかりしゃべりだす彼女にドン引きする耕治。 「スリーサイズはぁ・・・恥ずかしいけどお兄さんにだけ教えちゃいますね。 77-57-79のBカップで・・・」 「あ、あの・・・」 「お客様、ご注文はなんにいたしましょうか?」 先ほど席を案内してくれたアテンダントがやってきて注文を聞いてきた。ナイスタイミングである。 「ビッグサイズハンバーグランチ、洋食ライスセットで。食後はアイスレモンティーシロップ抜き。 それと食後にジャンボストロベリーパフェを」 まなみという女の子はメニューもアテンダントも見ずにすらすらと注文を言ってのけた。 「かしこまりました。お連れ様は?」 「同じものを。ドリンクはホットコーヒー、ブラックで。パフェはあたしだけね」 「あ、あの・・・まなみちゃん?」 「い・い・で・す・ね?」 「は、はいぃぃぃ!!」 睨み付けるがごとき視線付のまなみの異常な気迫に押され、 耕治は勝手に決められたオーダーを思わず承諾する。 「御注文を繰り返します。ビッグハンバーグランチ洋食ライスセットをお二つ、食後にホットコーヒーと アイスレモンティーシロップ抜き。あと食後にジャンボストロベリーパフェ。以上でよろしかったでしょうか?」 「はい」 彼女はやはりアテンダントに一瞥すらくれようとしない。彼女の視線は常に耕治のほうを向いていた。 アテンダントは席を去り、まなみは再び話し始める。 「しっかしあのウェイトレスさん失礼だと思いませんか?まなみはずっとお兄さんと 話をしている真っ最中だって言うのに、まるで話の腰を折るために現れたみたいに!」 間違いなく話の腰を折るために現れたから。 多分俺が困ったような顔をしたので気を利かせて来てくれたんだろうと耕治は思ったが、 なんとなくそのことを話すと命の危険が訪れるような気がしたので黙っておくことにした。 もちろん耕治ではなくそのアテンダントさんに。 耕治はとりあえずまなみの意見に頷くと彼女の話を聞き流そうと努力した。 「まなみがウェイトレスの立場なら、絶対話しかけたりしません!・・・」 自己紹介の続き。最近見たテレビ。読んだ小説、雑誌。好きなタレント。 最近あった犬の話。ぬいぐるみの話。etc、etc。 以後料理が届き食べ終わるまで、えんえん彼女は話し続けていた・・・。 40 :おにいたん3(仮称) ◆dkVeUrgrhA [sage] :2007/04/19(木) 20 36 28 ID iavPXILR 「おにいさんすいません!ご飯代出してもらって・・・」 「仕方ないよ・・・無銭飲食させるわけに行かなかったし」 食事後、店の駐車場。耕治とまなみは連れ立って店を出た。 まなみはなんと財布を忘れたとの事で、彼女の分まで耕治が支払っていた。 「で、まなみちゃん?ここまでどうやってきたの?」 「実はタクシーで、下りるとき財布を車の中に忘れてきたみたいなんです」 「たくしー?どこからきたの?」 彼女が告げた地名を聞いて耕治は驚愕した。 なんと、耕治が出発した街=テュルパン2号店付近だったからだ。 「そんな遠いところから来たの?相当お金かかっただろうに・・・」 「こ、このお店にどうしても来たかったから・・・ここのストロベリーパフェ、同じチェーン店でもここしかないから・・・」 耕治の質問に節目がちに答える彼女。 自己紹介してたときは耕治のほうばかり見てしゃべっていたというのに、今は耕治の目を見ようとしない。 耕治はその理由に思い当たるところがあったがレが事実であるという確証が持てなかったし、 たとえ正しくても今後が困るので突っ込むのをやめて彼女を救う方向で会話を進める。 「そうなんだ・・・。で、どうするの?俺はこれからある街まで行くんだけど、そこから帰る?」 「え、その街に行くんですか?!うれしい!実はぁ・・・まなみもぉ、そこに行く途中だったんですぅ・・・ だけど、おにいさんはかまわないんですか?」 「かまわないよ。一人で行くよりも、女の子が横に乗ってたほうが楽しいし。さ、乗って」 「はい!おにいさん、大好きです!」 「ちょちょちょちょっ!」 ばふっ。まなみは両手を挙げて喜びを表すと、耕治に抱きついてきた。 ちょうど首の辺りにまなみの頭が来る。シャンプーのコロンの臭いが心地よい。 耕治はとりあえずまなみを引き剥がすとここを出ることを告げる。 「んじゃまなみちゃん、扉開けるから助手席に乗ってくれる?」 「はーい!」 「お兄さん、ありがとうございました」 本人の希望があり、温泉街の駅前で耕治はまなみをおろした。 ぺこりとお辞儀するまなみに耕治は苦笑しながら会釈する。車に乗ってから到着するまで、 彼女は耕治に対しひたすら話し続けていた。 そのテンションの高さに辟易しつつも、耕治は彼女の話に相槌を打ったりして聞いてやった。 「いやいや。こっちも楽しかったよ。運転してる感覚がなくなるぐらいよくしゃべったし」 片眉を引きつらせながら作り笑いをする耕治。 「おにいさん・・・あのう・・・」 得意技なのだろうか。伏目がちにまなみは耕治の瞳を見る。 「ずっと・・・まなみ、自分のことばかり話してましたよね・・・つまらなかったですか?」 瞳に涙をためて話すまなみ。その瞳にくらっときかけたが、耕治は正気をどうにか保ちつつ、 それでもくらっときたフリをすることにする。 耕治は少し腰を落とし、まなみと同じ目線の高さへ自分の目線を持ってくる。 「そんなことないよ。まなみちゃんが、すごく一途な女の子だって事は分かったから」 「はい!」 にっこりと笑うまなみ。これは年下属性の人間にはかなりクるものがあるな・・・そんなことを耕治は考えていた。 「ではおにいさん、しばしのお別れです!」 彼女は一歩下がると耕治に別れを告げた。 「・・・しばし?」 「また会おうねー!耕治お兄さん!」 「お、おう!」 駆け去ってく彼女を見送ると、耕治は再び車上の人に戻った。 目的地のテュルパン4号店はここから車で5分ほどのはずだ。 「しかし、すごい女の子だったな」 車の中、耕治は独り言をつぶやいた。そして耕治は用心のため、次の言葉は心の中だけでつむぐ。 (対象M、ねぇ・・・)
https://w.atwiki.jp/i_am_a_yandere/pages/1457.html
600 :愛の亡者と金の亡者 第二話:2010/02/02(火) 00 08 29 ID LXAX6lBS 月曜日。 それは俺、因幡白兎が最も調子の良い日である。 丸々一週間働き詰めというのは学生にとっては十分なハードスケジュールだ。仕事に支障が出るくらいには。 バイトだけならまだしも、奨学金で学校に通う為には成績も維持しなければならない。 その為俺の日々の睡眠時間は絶望的なものだ。働き出した頃にはよく体調を崩したりしたものだった。 故に、日曜日は俺にとっての爆睡デイとなっている。 閑話休題。 奨学金制度は有るには有るが、それで他の生徒と特に区別されるということもない。 奨学金で通っている奴があまりいないという現状がそうさせている。だから俺のクラスも特別頭の良い奴が多い、真面目過ぎる、なんてこともなく。 そんな普通のクラスの扉を開けると、中学からの友人が声をかけてきた。 「お早う、ハク。君との朝の清々しい時間を削るのは非常に残念なのだが、課題をみせてくれないかい!」 と、朝一番に聞いた言葉がこんなだったら少々気が滅入るような台詞を吐きやがったのは、友人の花水木水華(はなみずき すいか)という。 中学一年からの親友で、学ランを着ていなければ名前と相まって男とは思えないくらいの容姿をしている。 お前本当は女なんじゃないか?と聞いたことがあるが、『さあ、どうだろうね?』とはぐらかされた。体育の時も予め服を着ているし、中学もこの高校も水泳の授業がない。 まあそれは置いといて。 時々こうやって課題を見せてくれとせがまれたり、一緒にテスト対策を打ったりしている。 「別に構わないが、学食奢れよ」 「ぬ・・・しかたない。良いだろう」 メロンパンという出費が出たから取り戻す気でいたが、まさかこうも早く取り戻せるとは。 「で、課題ってなんだっけかな・・・」 「数学なんだが」 「ちょっと待てよ・・・あったあった、これか」 鞄に入っていたノートを取り出しそれに該当するページを出す。 「合ってるかどうかはわからんけどな」 「そう言って大抵いつも合ってるじゃないか。じゃ、早速写させてもらうよ」 そう言って席に着く。隣なので直ぐに返してもらえることだろう。 普段は水華や他の奴らと話しているが、あいつらはまだ来ていないし水華も写しに必死だ。俺は朝のホームルームまで、机に突っ伏してそのまま眠りについた。 601 :愛の亡者と金の亡者 第二話:2010/02/02(火) 00 23 37 ID LXAX6lBS 朝のホームルームが終わり、一限目の授業に入る。 月曜の最初の授業は、生徒のモチベーションを上げる為、というわけではないのだろうが、俺たちのクラスは体育だ。 つい先日、期末考査が終わったばかりなので、クラスメイトは思いっきり身体を動かしている。 ちなみに、今やっているのはサッカーだ。 「ゴッドハンドォォォォォォ!」 そんな掛け声と共にボールをキャッチしたキーパー。そのうちにゴッドの部分が魔人に変わりそうだ。 「水華ッ、パス!」 水華にパスを渡し走る。 「OK、君からの愛のこもったボール、確かに受け取ったよ!」 容姿が完全に女の子なだけに、そんな台詞を言われるとドキリとするだろうが。 「行くぞ、疾風ダッシュ!」 驚くことに、迫り来る相手選手をどんどんと抜いていく。さっきのキーパーといい、まるで某超次元サッカーではないか。 まあ、かく言う俺も、それに相手チームも言えた事ではないのだが。 激しい接戦の末、最後のロスタイムで水華が、まるで炎を纏ったかのようなシュートを空中でグルグル回りながら決め、試合は終了。 最後はお互いの健闘を称えあい、月曜日の最初の授業からクライマックスな熱気を放っていた。 602 :愛の亡者と金の亡者 第二話:2010/02/02(火) 00 47 20 ID LXAX6lBS その後の授業は特筆することもなく、平和に時間が過ぎて行った。 ちなみに俺が食堂で奢ってもらったものは特に高くもない、無難な牛丼だったが、なんか癪なのでキムチもつけた。まあ値段はさして変らなかったが。 「じゃあね、ハク」 そう言って俺のアパートの前で別れる。 俺の住むアパートは学校に程近く、少々ボロいが風呂、トイレ完備で家賃二万五千円という家計に優しいお値段だ。 そんなアパートの奥の部屋に入り、洗濯物を取り込んで素早く畳んでから着替えを済ませ、鍵を掛けて外に出る。 今日のバイト先はネットカフェだ。朝の四時までは帰れない。 「おーい、はーくとー!」 バイト先への道を歩く俺を、そんな間の抜けた声が呼び止めた。 振り返ると、この近くの小中一環の学校の制服を着た少女がこっちに駆けてくる。 彼女の名前は木上瑪瑙(きのうえ めのう)。 彼女は孤児院からの付き合いで、運良く近くの家に引き取られた数少ない旧知の仲だ。 「あれれ、白兎今日もアルバイト?」 「ああ、お前は今帰りか?」 「ん、今日は部活がないからね」 「そうか。確か・・・テニス、だったよな。頑張れよ」 そう言うと、瑪瑙は笑顔で頷いた。 「あ、そう言や、珊瑚(さんご)は元気か?お前が小五だから・・・あいつは今は中三か」 「珊瑚お姉ちゃん?」 珊瑚とは、瑪瑙の実の姉貴だ。家庭の事情で預けられたっきり、両親からは一切の連絡が来なくなった。 まあ今はそんなことはいい。 何故か、その珊瑚の話題を出すと、少し表情が陰った気がした。 「うん、元気だよ・・・」 「そうか。・・・ってヤバイ、じゃあ俺はもう行くぞ。また今度な」 「あ、うん、またね・・・」 そう言って別れ、俺はバイト先へと走った。 「また今度、絶対・・・ね」
https://w.atwiki.jp/i_am_a_yandere/pages/946.html
31 :奏でる旋律は哀しみの音 ◆KG67S9WNlw [sage] :2008/10/12(日) 23 13 25 ID 5QB8COJA 僕が音楽を始めたきっかけは、中学時代にとあるバンドとの衝撃的な出会いを果たしたことだった。 そのバンドは90年代でもっとも輝いたとされる有名なグループだった。友人から、余分にとったというチケットをもらい、彼らのライブに赴いた。 そこで初めて聞いた生の音に、力強いヴォーカルに僕は一瞬で魅了された。 それからは、必死に音楽を学んだ。が、当時金がなかった僕はギターなど買うことができず、軽音楽部ではヴォーカルに割り当てられたのもある意味必然だった。 結局、中学時代の僕のバンド活動は高校受験の前に日の目を見ることはなかった。しかし高校入学を果たしてからはひたすらバイトと部活に明け暮れた。 たびたび先輩にカラオケに連れていってもらったこともあった。その時歌ったのはもちろんあのバンドの曲。 先輩曰く、「カラオケの採点なんかあてになりゃしない。お前はいいものを持ってるから、自信を持て」だそうだ。 高校最後の文化祭でようやく僕たちは舞台に立った。コピーバンドとしての登場だったが、オリジナルもいくつか交えた。 観客の反応は僕の予想をはるかに上回り熱狂し、ホールは今までにない最高潮の盛り上がりをみせた。 あの時の感動が忘れられず、僕たちは同じ夢を追い続けてきた。 僕らは皆同じ大学に入り、同じようにバンドを続けていた。コピーバンドはとうに卒業し、オリジナルだけを手掛けた。 そんな中、大学最初の夏にとある無名のレコード会社と契約をした。それからはたびたびライブを行ってきた。 回数を重ねる度にファンも増えていき、初めての単独ライブのころには1万人もの観客を動員した。 その1ヶ月後には念願のメジャーデビューを果たし、シングルは初登場第1位に輝いた。 それから1年が経ったところからこの物語は始まる。 僕の名は、柏木 冬真。ロックバンド"fourth×force"通称「フォース」のヴォーカルだ. 32 :奏でる旋律は哀しみの音 ◆KG67S9WNlw [sage] :2008/10/12(日) 23 14 34 ID 5QB8COJA 最近僕はあることに悩まされていた。それは、一部の狂信的なファンのことだ。 デビューしてから、ファンレターの量はは何倍にも増えた。量だけじゃなく、質も重く、苦しいものが多々見られるようになった。 マネージャー兼ファーストギター担当で4人の中で紅一点の赤城 羅刹によると、髪の毛入りの手紙やら怪しさ満点の手作り菓子、果ては小瓶いっぱいにつまった …な液体と、とても僕には理解できない物ばかりだそうた。そういったものはマネージャーである羅刹が処分しているので実際にお目にかかったことはあまりないが…。 「ほんっと、どうかしてるわ。いつもいつも懲りずにこんなもん送ってきて…そう思わない?冬真。」 「…そうだね、羅刹。応援してくれるのは嬉しいけど、さすがにこれはちょっと…」 「ええ。それにしても、あんたって本当にもてるわね…。ファンレターの半分以上が冬真宛てよ? まあ、冬真は歌うまいし、かっこいいし。なんとなくわかる気もするわ…。」 「おだてたって何も出ないよ、羅刹。」 羅刹とは、中学の時以来の付き合いだ。僕が軽音部に入部したのと同時期に入ってきた子だ。 当時から何度かふたりで話をしたことがあった。彼女もまた、あのバンドのファンだというのだ。 お互いよく気が合い、息も合い、辛いときも支えあった。僕の歌…いや、夢は彼女に支えてもらったと言っても過言ではないくらいだ。 言っておくが、羅刹は恋人とかそういうんじゃない。一応フォースはグループ内の恋愛は禁止となっている。 まあ、ドラム担当のノリトもベーシストのソウジも外に恋人を作ってるからもしそうだとしても問題はないのだが…ちなみにこの事は超企業秘密だ。 「ところで冬真、クリスマスのライブだけどプログラムどうするの?」 「うーん…やっぱノリトたちと相談しないとな…ん?」 ふと僕は、テレビのニュースに気をとられてしまった。 内容は、最近多発している連続殺人。 その事件は半年前から起きている。ターゲットはみな女性だ。そして、もうひとつ共通項があった。 それは、被害者はみんなフォースのファンだということ。これに気付いているのは僕らと、おそらくファン達の同盟だけだろう。 なぜ気付いたかというと、彼女たちはいつも最前列を競っている常連だからだ。だから必然的に顔も覚える。 ニュースは、8人目の被害者が出た事を告げていた。被害者は全員、左耳から右耳に向けて鋭利な刃物で貫かれて殺されていた。今回も同じ手口だそうだ。 33 :奏でる旋律は哀しみの音 前編 ◆KG67S9WNlw [sage] :2008/10/12(日) 23 15 13 ID 5QB8COJA 「ひどいな…また被害者が出たのか。」 「…そうね。気分が悪いわ。」 そう言って羅刹はチャンネルを変えた。番組は、「人気ラーメン店特集!in東京」なるものだった。ん?このパターンは… 「あー!これおいしそー!ねえ冬真!今度一緒に食べに行こうよ!」 「う、うん…そだね。」 やっぱり。 羅刹は、極度のラーメン好きなのだ。今までも何度か連れてかれたことがある。 普段クールな彼女も、この時は子どものように無邪気にはしゃぐ。そして僕は、そんな羅刹が好き(父性愛に近い意味で)なのでいつも断れないのだ。 休日、僕らは例のラーメン屋に来ていた。"僕ら"とはフォース全員を指している。カウンター席の右から順に松田 創路、桜庭 祝詞、羅刹、僕だ。 あのあとプログラムについてノリトたちと電話したら、いつの間にか一緒にラーメン屋に行くことになったのだ。羅刹は「目立つ」とか言って機嫌を損ねていたが。 「ちぇっ…せっかく二人きりだったのに…ぶつぶつ…」 「ん、どうかした?羅刹。」 「…なんでもないもん!」 「ラセツは一途だからな。邪魔したかな?」 「ソウジ、どういう意味だ?」 「…ほんっと鈍いよなトーマは。クスクス…」 「ノリトまで…いったい?」 よく分かんない。僕は再び麺をすすり出した。あれ、チャーシューが一枚ないや。こういう時は大抵… 34 :奏でる旋律は哀しみの音 前編 ◆KG67S9WNlw [sage] :2008/10/12(日) 23 16 06 ID 5QB8COJA 「羅刹、おいしい?僕のチャーシュー。」 びくっ、と羅刹が震えた。顔が茹でたこのように真っ赤だ。 「欲しかったらあげるよ、ほら。」 僕はもう一枚のチャーシューを差し出した。 「…ありがと。」 羅刹はチャーシューにスープをよく絡め、食べた。さらに顔が赤くなっていく。 そんなにチャーシューが好きだったのか。ならチャーシュー麺にすればよかったのに。 「ほどほどにしとけよトーマ。ラセツが死んじゃうぞ?」とソウジが言った。 「チャーシューで人が死んだらなんにも食えなくなるよ。」 「トーマ…鈍感もそこまでいくと犯罪だぞ?」 「え、なにが?」 「…はぁぁ。まあがんばれ。」 みんなして、今日は変なことばかり。いったい、どうしたんだろうか? 35 :奏でる旋律は哀しみの音 前編 ◆KG67S9WNlw [sage] :2008/10/12(日) 23 17 51 ID 5QB8COJA ラーメン屋をあとにした僕らはゲーセンに来ていた。みんなはサングラスや帽子をつけている。僕の場合は、染めた銀髪を隠すためのかつらだ。案外、ばれないものだな。 ノリトは早速太鼓のゲームに手をかけた。さすがドラマーだけあって、相変わらずすごい。 羅刹は、UFOキャッチャーに夢中だ。実は羅刹はこれが妙にうまい。僕の知る限り、ミスをしたことはない。 僕とソウジはアーケードゲームをすることにした。出た当時は青いロボットがタイトルだったのに、 最近は白いロボットが長いライフルを構えるものになってしまったのが残念だ。あの青いの、好きだったのになあ。 僕らが20戦目でようやく敗退したころ、切り上げることにした。ノリトとソウジは北側、僕と羅刹は南側に別れて解散した。 「じゃあ冬真、私はこの辺で。」 「うん。またね、羅刹。」 羅刹とも別れた。僕は1人で家路につく。今日は楽しかったな。羅刹も、あんな 一面があるなんて…かわいいやつ。 でも、この幸せは長くは続かなかった。 翌日、ソウジが死んだと連絡を受けた。 37 :奏でる旋律は哀しみの音 中編 ◆KG67S9WNlw [sage] :2008/10/12(日) 23 20 38 ID 5QB8COJA ソウジが死んだ。いや、殺された。耳を貫かれて。 連絡を受けた僕はすぐに警察に向かった。別れたあと、あるいはその前の詳しい状況を訊かれたが、それでも、いつもと変わらなかったとしか答えるほかなかった。 羅刹とノリトの事情聴取は先に済んでいたようだ。 僕らは、深く悲しんだ。高校時代からの大切な仲間を失ったことは、計り知れない無念さと、悲しさをもたらした。 クリスマスのライブは…中止にしようか。僕はそう切り出した。すると… 「だめよ!ソウジのためにも、ライブはやるわ…!」 「でも、そんなこと…」 「わたしからもお願いします。」 声のした方へ振り向いた先には、1人の女性がいた。たしか彼女はソウジの…… 「創路くんと…この子のためにも、歌ってください!」 お腹に手をあててそういう彼女。ソウジ…そうだったのか。 「わかりました…ライブは、必ず成功させます。」 僕は、歌う決意をした。 38 :奏でる旋律は哀しみの音 中編 ◆KG67S9WNlw [sage] :2008/10/12(日) 23 22 11 ID 5QB8COJA 当日、観客はいつもの何倍もの動員数だった。前売り券はネット上では2秒で売り切れ、チケット売り場には2日前から列ができていた。 武道館というあまりに広い空間で立ち見が続出している。こんなことは今までなかった。 僕は精一杯歌った。いつも傍らで心地よく響いていた重低音は、今日は僕の手元から聞こえる。ソウジの愛用していたベースで、僕が弾いていたからだ。 ソウジのテクニックには遠く敵わないが、それでも力の限り弾き、歌った。 最後の曲は、ソウジが作詞作曲を手掛けたバラードにした。不思議と、今日はいつもより声が出た。ソウジが支えてくれているからかな。 ふと、羅刹の方をちらっと見る。羅刹は…涙を流しながらギターソロを弾いていた。 観客もみな、涙したようだ。僕らの歌をただ静かに聞き入っている。演奏が終わると凄まじいまでのスタンディングオベーションが沸いた。 その中には、ソウジの彼女もいた。 なあソウジ、これでよかったんだよな。僕は青のベースギターにそう問いかけた。 ステージを終え、僕らはミーティングをした。その席でノリトがこう言った。 「…解散しないか。」 言うまでもないが、僕もそう思っていた。ソウジがいない今、実質フォースをやっていくのは難しいし、なによりソウジの存在が大きかった。 この哀しみは消えないだろう。歌うたびに、僕の手の中でベースが踊るたびにそれを痛いほど実感した。でも… 「…いや。」 39 :奏でる旋律は哀しみの音 中編 ◆KG67S9WNlw [sage] :2008/10/12(日) 23 24 37 ID 5QB8COJA 羅刹は反対した。 「羅刹…悪いけど僕も同じ気持ちだ。…解散しよう。」 「いやよ!今までだってずっとやってこれたじゃない!冬真が弾かないなら私が弾いたっていい!だから…おねがい、解散だなんて…言わないで…!」 「ラセツ…ソウジの代わりなんて誰にもできないよ。」 ノリトは羅刹にそう言った。 「いや!私は…私にはフォースが全てなの!ねえ冬真…続けるよね…?なんとかいってよ…冬真……。」 「…ごめん。僕はもう、歌えないよ。次のライブで終わりにしよう。」 羅刹は、その場にへたりと崩れ落ち、泣いた。僕は、そんな羅刹を抱き締めてやった。 「ごめん…羅刹。」 あれから一週間。その間僕は部屋にこもりっきりで、フォースの最後を締めくくる楽曲を書いていた。そしてついさっきようやく書き終え、久しぶりに部屋を出て風呂に入ったところだ。 タオルで水滴を拭い、衣服を身に付け部屋に戻ったとき携帯が鳴った。―――会社からだ。 「はい、冬真ですけど…」 41 :奏でる旋律は哀しみの音 中編 ◆KG67S9WNlw [sage] :2008/10/12(日) 23 25 51 ID 5QB8COJA 「トーマくん、落ち着いて聞いてくれ…。ノリトが…殺された。」 ―――その言葉の意味を理解するのに数秒かかった。 「例の殺人犯だろう…ノリトもまた耳を刃物で貫かれて死んでいたそうだ。それで……」 そこから先は聞き取れなかった。ただ僕は意味も分からないまま相槌をうち、電話を閉じた。 あれから何時間が経ったろう。僕はただ呆然としてベッドに腰かけていた。何も考えず、屍のように存在していた。 ふいに、ドアのチャイムが鳴った。誰だろう。…誰でもいいや。もし殺人犯ならむしろ歓迎したい。もう疲れた。殺すならさっさと殺してくれ。 そんな気持ちでドアを開く。が、客人は殺人犯ではなかった。それは、とても良く見知った顔。灰色をしたとても長い髪の、女の子。…羅刹だった。 「…電話、聞いたわね。心配だから来てあげたわ。」 「羅刹…っ!僕は…」 「いいから…ほら。」 そう言って羅刹は、僕を抱き締めてくれた。温かかった。そこでようやく僕は泣いた。羅刹の胸の中で、涙が枯れそうなほどに。 42 :奏でる旋律は哀しみの音 中編 ◆KG67S9WNlw [sage] :2008/10/12(日) 23 26 51 ID 5QB8COJA 「冬真…いま、楽にしてあげるから…。」 ふと、羅刹はいきなり服を脱ぎ出した。僕はそれを止めるでもなく、ただ見とれていた。 綺麗だった。白い肌に灰の髪、まるでこの世のものでないようだった。 ―――この世のものでない。そう思ったとき、僕はある恐れを抱いた。 羅刹まで、いなくなるのだろうか?僕を独りぼっちにして。 思い始めたら止まらない。自分でも体の震えが増していくのがよくわかった。 「大丈夫よ、冬真。私はいなくならないから。だから…おいで?」 その言葉はまるで天使の囁きのようだった。僕は言われるままに羅刹のもとへ行き、その体を求めた。 羅刹は純潔だった。それを、下腹部から滲み出たかすかな鮮血が証明していた。 でも、今の僕は羅刹を気遣うことなんかできなかった。ただ自分の欲望のままに、乱暴に抱いた。羅刹は、目尻に涙を浮かべて歯を食い縛っている。それでも決して、痛みを訴えることはなかった。 43 :奏でる旋律は哀しみの音 中編 ◆KG67S9WNlw [sage] :2008/10/12(日) 23 28 05 ID 5QB8COJA 与えられる一方通行の快楽に、僕はついに限界を迎えた。その全てを、羅刹は受け止めてくれた。 「はぁ…はぁ…冬真…気持ちよかった…?」 「羅刹っ…ごめん…僕は…」 「いいのよ…私も、冬真とひとつになれて嬉しかったから…おあいこよ。」 「え…?それってどういう…んっ」 言葉は、途中で遮られた。唇を塞がれ、羅刹の舌がなかに入ってくる。僕も同じように返す。 「私、冬真が好きなの。だから…冬真の全てが欲しかった。冬真の歌声をずっと間近で聞いていたかったの。私には、冬真が全て。だから…」 「…わかってる。次のライブ、二人のためにも最高のものにしよう。」 葬式を終えた僕らは、その次の日から打ち込みの製作に入った。ドラムとベースの穴をふさぐためにどうしても必要だった。 不思議と、もう悲しくはなかった。今は羅刹がずっとそばにいる。それがこんなにも心強いなんて。 夜になれば僕らは互いに求めあった。傷を舐めあうような行為だが、僕らはそれで満足だった。 そして僕らはついに、fourth×force最後のライブの日を迎えた。 46 :奏でる旋律は哀しみの音 中編 ◆KG67S9WNlw [sage] :2008/10/12(日) 23 31 59 ID 5QB8COJA ステージには主を失ったドラムとベースが置かれている。今のfourth×forceは、僕と羅刹の二人だけだった。それでも、観客は前回のライブの倍はいた。 僕はそんな観客たちに応えるべく切り出した。 「こんばんは、フォースです。」 瞬間、歓声が沸いた。そのまま僕は舞台裏のスタッフに合図を送り、打ち込みの音を流した。この前まではシンセサイザーとセカンドギターのみ。 今日は、新たにドラムとベースの音が加わっているものだ。 やはり物足りない。が、その空虚さは羅刹のギターが埋めてくれた。そうして、順にプログラム通りに曲をこなしていく。 今日はあえて二人の作った曲を多めにプログラムに入れた。観客は、たびたび涙した。 最後は、僕が先日書き下ろした曲。観客は今だかつてないほどに歓喜し、感動していた。 「みんな、今までありがとう!」 僕は観客に向けてそう言った。凄まじい密度の拍手の海に僕らは見送られた。 ライブが終わったあと羅刹は、用事があるとかで外していた。なので僕は、1人で先に家に帰った。 あの日以来、羅刹と二人で過ごしている。ここは僕の家であり、羅刹の家でもあるのだ。 47 :奏でる旋律は哀しみの音 後編 ◆KG67S9WNlw [sage] :2008/10/12(日) 23 34 51 ID 5QB8COJA ベッドに横たわり、今日のライブを思い返す。 羅刹…今日はすごく調子よかったみたいだ。やっぱり最後だからかな…?表情も心なしか上気したみたいだったし…そんなこと言ったら怒られるかな。 呼び鈴が鳴る。僕はベッドを降り、ドアのスコープを覗く。羅刹だ。 すぐに鍵を開けてやった。 「おかえり……え…?」 「ただいま、冬真。」 そう言った羅刹。しかし僕はその姿に言葉を失った。 羅刹は、全身血まみれだった。手には長いナイフが握られている。そう、ちょうど人間の顔を横から貫通させることができそうな…。 「ら…せつ…?いったい…なにが…?」 「なにって…ああ、心配しなくていいよ。発情期の雌猫を2、3匹駆逐しただけだから。」 「めす…ねこ…?」 「そう、雌猫。あんなやつらに冬真の歌を聴く資格なんてないわ。だから、何も聞こえなくしてやったの。あはははっ…」 それこそ歌うように嬉々として話す羅刹。 「まさか…連続殺人犯って…羅刹が?」 「人聞きが悪いわね。あくまで雌猫を駆除しただけよ?ふふ…」 「ノリトも…ソウジも何で殺した!?」 「だってノリトったら、私と冬真を引き裂こうとしたんだもん…当然よ。ソウジは、冬真の隣にずうずうしく座ってたのがいけないの。 冬真のそばにいていいのは私だけなんだよ?」 ―――羅刹は、狂っていた。少なくとも、僕にはそう見えた。 48 :奏でる旋律は哀しみの音 後編 ◆KG67S9WNlw [sage] :2008/10/12(日) 23 36 04 ID 5QB8COJA 「ねえ…これからは私のためだけに歌ってね?ほら…今日だって、冬真の歌を聞いてたらここもこんなになっちゃったんだからぁ…。」 スカートをめくり、下着のなかに僕の手を導きながらそう言う羅刹。手には、ぬるぬるとした感触があった。 それも、半端な量じゃない。まるで粗相をしたかのようだった。 今度こそ何も考えられなくなった。そんな僕を羅刹はゆっくりと床に押し倒し、唇を奪ってきた。 「―――…。――――。――――………」 羅刹が何か言っている。でも、もう何も聞こえない。僕は少しずつ、しかし確実に羅刹に犯され、侵されていった。 無意識のうちに、僕は歌を口ずさんでいた。それは、僕がはじめて聞いた彼らの曲。 "僕はあなたを照らしたい、あの輝ける太陽のように。僕が貴方を守ろう、すべての暗闇から。それは心からの真実――――" 了
https://w.atwiki.jp/i_am_a_yandere/pages/1320.html
62 :夜桜散る頃に:2009/07/28(火) 01 12 47 ID NueWz6ui 「あのさ、一つ聞きたいんだけど」 「ん?何?」 「俺のどこがいいの?」 そう尋ねた時、彼女は暗く、いや黒い笑みで囁いた。 「全部」 ゾクッと背筋が震えたのは多分、本能の警戒信号だ。 彼女―黒咲姫と付き合ってからもう12年になる。 ちなみに俺達は、現在高校二年生。17歳。 逆算すると幼稚園の頃からの付き合いとなる。 異常だ。異質でもある。 ちなみに黒咲姫は自分の彼女には勿体無い、いや、正確に 言うなら不釣合いだと言える位の美人だ。 大和撫子というのか。長い黒髪に清楚な黒いセーラー服。 学生服だけでなく私服でも黒を着ることを多い彼女の肌は 対照的に白く、まるで真珠のように艶かしい色艶を放っている。 学歴の方も学年上位で、子供の頃から習ってるという剣道も強い。 まさに文武両道の天才美女。 そんな彼女の唯一の欠点といわれてるのが付き合ってるボクのステータスの低さ。 頭が悪く、運動は出来ず、更に視力が悪いのでずっとメガネをかけてるせいか、 昏い人間だと思われてる。実際、昏いのだけど。 そんなボクは時折、疑心暗鬼となってこういう質問をしてしまう。 失礼だな、と思っても。 姫は笑顔のまま、ボクの耳元に唇を近づけ、囁く。 「何、また言われたの?」 「今回は違う。なんとなく」 「そう・・・・」 「痛っ!」 ガチッと鋭い痛みが耳に走り、僕は思わず手で覆う。 彼女は口元を拭う。 「そういうのは私は嫌い。私は好きだから付き合ってるの。君は違うの?」 「い、いや、僕もそうだけど」 「なら一々びくつかない。そしてそういう質問もしない。いいね?」 彼女は笑い、僕も釣られるように微笑む。 ボクの幸せだった記憶だ。 それを壊したのは僕で、壊れたのは彼女。 まるで満月に照らされた夜桜は、散るさまが一番美しいかのように。
https://w.atwiki.jp/i_am_a_yandere/pages/732.html
376 :ほトトギす ◆UHh3YBA8aM [sage] :2007/05/15(火) 17 56 56 ID HLEzbkKD 朝。 僕はペタペタと米を盛り付ける。 帰る前に綾緒がタイマーをかけていった炊飯器。 晩御飯と一緒につくり仕込んだ、弁当のおかず。 あんなことがあって、昨日は良く眠れなかった。 だからこんな朝早くから、綾緒の作った弁当を完成させている。 「にいさまのお食事は綾緒が何とか致します。ですからくれぐれも、織倉さまとやらには 関わらないようにして下さいませ」 微笑んで念押しをされた。 流石に詰め込むだけなら僕でも出来る。 配置の才はないが、作り終わり充分冷ました弁当を自室の鞄にしまう。 続いて朝ごはんに取り掛かる。 実はそれも綾緒が用意していった。 普段口にすることの無いような、高級な食材たち。 原型はすでに出来ているので、温めるだけで食べられる。 そうして電子レンジとテーブルの往復をしていると、こんな時間なのに呼び鈴がなった。 「珍しいな、何だろう?」 ピンポン。 歩く間もなく、2回目の呼び鈴。 ピンポン。 歩いて間もなく、3度目の呼び鈴。 ピンポン。 ピンポン。 ピンポン。 ピンポン。 大して距離のないはずの廊下を往く間、耳障りな呼び出し音が響き続ける。 ピンポン。 まるで「早く出ろ」と云わんばかりに。 ピンポン。 余程に急な用事なのだろうか? ピンポン。 しつこく鳴り響く。 ピンポン。 いい加減煩いな。一体なんだろう? 首をひねりながら扉を開ける。 「え?」 僕は呆けた声をあげた。 「おはよう、日ノ本くん」 響いてきたのは、流麗なソプラノ。 そこには、朝は逢うことの無い織倉由良が立っていた。 学校の制服を着込み、手には鞄と、ビニル袋。 そして、いつもどおりの優美な笑顔。 「ど、どうして、先輩が?」 突然のことに、思わず尋ねる。 彼女とは家の方角がまるで違う。通学路が重なる知り合いは一ツ橋くらいしかいないはずだ。 「朝ごはんまだでしょう?つくりに来たの」 そう答えてビニル袋を持ち上げる。スーパーマーケットのロゴがプリントされたそれのなかには、 種種の食材が見え隠れしている。 「え、あ、でも」 僕がくちごもっていると、その間に先輩は靴を脱いで廊下を歩いて行く。 「あ、ちょっと、先輩・・・・!」 僕は慌てて後を追う。 「あら?これは?」 キッチンに入った先輩は、つくりかけ、否、並べかけの朝食を見て振り返る。 「日ノ本くん、朝はいつも食べてないんじゃなかったけ?起きるのもつくるのも苦手だって」 「えと、それは綾緒・・・・イトコが」 「そう」 喋り途中だと云うのに、先輩は僕を遮ってテーブルのお皿を掴む。 ドサッ、ドサッ、と音が響く。 377 :ほトトギす ◆UHh3YBA8aM [sage] :2007/05/15(火) 17 59 39 ID HLEzbkKD それが皿の食材を廃棄している音だと気づくのに、暫く掛かった。 「せ、先輩、なにを・・・・・!」 「だめよ、こんなの食べちゃ」 振り返る。 先輩は笑顔。 けれどそれはいつもの気品と慈愛に満ちた笑顔ではなかった。 「新鮮なものを食べなきゃね。“これ”、昨日の残りか何かでしょう?そんなものを日ノ本くんの 口に入れるわけには行かないわ」 「でも」 「なぁに?」 先輩は目の前へ。 そして、僕の肩を掴んだ。 「痛っ」 「そう云えば日ノ本くん。どうして昨日は急に電話を切ったのかなあ?私、話してる途中だったよね」 「あ、その・・・・それは、すみませんでした」 「すみませんは良いの。私は“何で”って、聞いてるのよ?ねえ?私が悪かったの?貴方が悪かった の?それとも――」 グッと、僕を掴む手に力が入る。 「一緒にいたって云う、イトコの女のせい?」 「い、痛い、先輩、痛いです」 「痛い?こうすると痛い?でもね、今はそんな話ししてる訳じゃないでしょう?私はどうして “許可無く”電話を切ったのかって聞いてるの。わかるかしら?」 「昨日はその、ちょっと慌ててて・・・・すみませんでした」 痛みをこらえながら謝ると、先輩はとりあえず手を離した。 「昨日は私の晩御飯を食べに来なかったんだもの。朝ごはんは食べてくれるわよね?」 「・・・・・」 綾緒の用意してくれていた食材はすでにゴミ箱に叩き込まれていた。他には何もない。 「返事は?まさか食べないなんて云わないわよね?」 「あ、い・・・・頂きます・・・・」 「そう」 先輩は漸く笑顔をつくる。 「それでいいのよ。日ノ本くんは私の作ったご飯をたべ続けなきゃ。待っててね。腕によりをかけて つくるから」 掛かっていたエプロンをつけ、腕をまくる。 「一緒にお弁当も作ってあげるから、楽しみにしててね」 「あ、それは」 「なぁに?」 「いえ、・・・・何でもありません」 綾緒がすでに用意している。 その言葉を飲み込んだ。 先輩はニコニコと笑いながら調理を開始する。 一方の僕は気が重い。 顔を上げると飾られている不気味な面と目が合った。 「そんな目で見るなよ」 呟いて目をそらす。 『深井(ふかい)』。 従妹がそう呼んでいた“面”は、恨みがましく僕を見つめていた。 空が蒼い。 屋上でははしゃぎながら昼食を摂る学生達の姿。 皆あんなに楽しそうなのに。 他方の僕は吐息する。 傷んだベンチに座る僕のひざの上には、二つの弁当箱。 云わずと知れた先輩と綾緒がつくったそれだ。 僕はあんまりものを食べるほうではないので、二つも平らげることはできない。 さりとて残すわけにも行かず、片方だけ食べるという選択肢も許されないだろう。 「どうするかなぁ」 空を仰ぐ。 すると、 378 :ほトトギす ◆UHh3YBA8aM [sage] :2007/05/15(火) 18 01 21 ID HLEzbkKD 「辛気臭い顔ですね」 ちいさいのに良く通る澄んだ声がした。 幽かな軋みを伴なって、すぐ横のベンチが撓む。 「ああ、お前か」 僕は視線を横――やや下に落とす。 そこには、無表情でとても小さい少女が座っていた。 一ツ橋朝歌。 小学校のときからあまり見た目の変わっていない古い知己。 弁当箱の入っているであろう小さな巾着と、三冊の文庫本がそばに置かれている。 「珍しいな、部室に居ないなんて」 僕は云う。一ツ橋は学校に居る間は殆ど部室に篭りっきりだ。 「たまには、むしぼししようと思いまして」 「本のか?」 「私のです」 文庫本に目を遣った僕を遮るように云う。 この娘はいつも淡々と喋る。のみならず、顔を話し相手に向けないので、独り言を云い合っている よう感じられる時がある。今もそうだ。顔は勿論、視線も向けない。 「先輩のほうこそどうしたんですか」 前を向いたまま口を開く。 「いつもなら部室で部長といちゃついているでしょうに」 「別にいちゃついてなんてないさ」 「そうでしょうか」 「そう見えるのか?」 「ちんちんかもかもです」 「・・・・・・・」 絶句する。色々突っ込みたいが無視することにした。 「ここに来る前、部室に寄りました」 一ツ橋のちっちゃい手が文庫本を撫でる。これを取りに行った、ということだろう。 「部長、今日は先輩と一緒のお弁当だと浮かれていましたが」 「・・・・・・・」 「また辛気臭い顔になりましたね」 フェンスの一部を指差す。 「あそこ、実は金網が腐ってまして、体当たりすればダイブ出来るはずですよ」 抜本的な解決策を提示する後輩。有難くて涙が出る。 「気に入りませんか」 「当たり前だ」 「そうですか」 巾着を開けて弁当箱を取り出す一ツ橋。 彼女の弁当箱は縦に長い。段々になっていて、保温性に優れている水筒のようなデザイン。 「食べないんですか?」 「食べるよ」 2つの弁当箱を見る。 豪華な御重と、普通の弁当箱。 綾緒と、織倉先輩のそれだ。量も気も、重い。 「本物の漆塗りですね。今まで先輩が持ってる姿を見たことがありませんでした。 誰にもらったんですか?」 「・・・・・」 「二人の女性からお弁当をもらって困っている。先輩の変な顔の原因は、そんなところでは?」 「ぐっ・・・」 「当たりですか」 「だったらなんだ」 「賞品を下さい」 弁当箱を指差す一ツ橋。 「食べ切れなくて困っているのでしょう?なら、食べきれる分だけ取り分けてください。残りは 私が引き受けますから」 「え?いや、でも」 後輩を見る。 こんなにちっちゃい身体に、この量が詰め込めるとは思えない。 「問題ありません」 379 :ほトトギす ◆UHh3YBA8aM [sage] :2007/05/15(火) 18 03 10 ID HLEzbkKD 一ツ橋は僕の考えを見越したように口を開く。 「食べられるのか?・・・かなり多いぞ?コレ」 「多多、益益良し」 表情を変えずに少女は頷く。 ――で、十数分後。 「・・・・・凄いな、お前」 視界には空になった3つの弁当箱。 無表情な後輩は特に苦しそうな様子も無く、すぐ横で本を読みふけっている。 6対4・・・いや、7対3くらいの割合で大量の食材は二人の腹に消えたわけだが、勿論僕が 『小』である。各おかずを一品ずつ食べて、それで終わりだ。弁当一個でも食べ切れなかったかも しれない。なんにせよ残さずに済んだのは僥倖だった。 「助かったよ、一ツ橋。で、おなか、大丈夫か?」 「問題ありません。それよりも先輩」 「うん?」 「恩に感じているというのなら、交換と云う訳ではありませんが、事情をお聞きしても 宜しいですか?」 一ツ橋は本を読みながら独り言のように呟く。聞く気があるのか無いのか、今一つ判然としない。 「別に構わないが、なんでそんなこと聞きたいんだ?」 「好きなんです」 「え?」 「他人の人生を傍観するのが」 「あ、ああ・・・そういうことか」 びっくりした。 一瞬告白でもしてきたのかと思った。我ながら恥ずかしい奴・・・。 「本を読むのと同じです。他人の人生はそれがどんなものであれ観測する価値があります。 特に先輩のように大きく乱れそうな人は、最高級の娯楽です」 「娯楽・・・・」 「どうぞ先輩の口から茶番を紡いで下さい。拝聴させていただきますので」 「僕の人生は茶番か?」 「演じる人間と観覧する人間の差です。お気になさらず」 「それ、フォローのつもりか?」 僕は肩をすくめる。 一ツ橋が気にした様子は無い。仕方ないので斯く斯く然然と昨日今日の情景を告げた。 語っている間、後輩は相槌ひとつもうたない。唯、黙々と本を読んでいるだけであった。 全部を聞き終えると漸く、 「そうですか」 とだけ呟いた。 「それだけ?」 「はい」 無関心に頁をめくる。 イラストも写真も扉絵も無い無骨な文庫本。 表紙には、ただ英文でタイトルが一行。 「・・・・それ、なに読んでるんだ?」 「burlesque」 一ツ橋は抑揚なく呟いた。 ホームルームが終わる。 クラスメイト達が思い思い、予定予定に向けて歩いて往く中、僕はのたのたと帰り支度に務める。 「今日はどうしようかなぁ」 部室に往くべきか、道草でも食うか、さもなければ真っ直ぐ帰るか。 唯、なんとなく先輩には逢い辛い。 先輩は優しいから、多分今日も晩御飯に誘ってくれるだろう。 けれど、それは出来ない。 綾緒に念押しをされている。 今朝の―― 今朝の一件ですら、従妹に知れたら、説教されることになるだろう。 いや、もしかしたらそれ以上のことがあるかもしれない。僕は身震いする。 懊悩し、逡巡していると廊下からざわめきが聞こえてきた。 それは次第に数を増やし、距離を詰めてきているようだった。 380 :ほトトギす ◆UHh3YBA8aM [sage] :2007/05/15(火) 18 05 07 ID HLEzbkKD なんとなしに振り返る。 それで、ざわめきの理由を知った。 「織倉先輩・・・」 数多くのギャラリーに囲まれた学園最高の美少女がそこにいた。 先輩は微笑みながら僕の前へやって来る。 「迎えに来たのよ、日ノ本くん」 「む、迎、え?」 「ええ、そう。迎え。今日も部室に来てくれるんでしょう?一緒に往こうと思って」 織倉由良は笑みを浮かべたまま腕を取る。ギャラリーたちが「おぉ」と沸いたが、僕は困惑する。 「あの、先輩」 「なぁに?」 「その、今日はどうするか、まだ決めてないんですけど」 「そう。じゃあ今決まったわね。いきましょう?」 有無を云わさず腕を引っ張る。 廊下。 そして階段へと。 「ねえ、日ノ本くん」 引っ張りながら問う。前に進んでいるのでこちらを見てはいない。 「今日、お昼はどうしてたの?」 「え?」 「来なかったでしょう?部室に。どこにいたのかなぁ?」 一緒に一緒のお弁当を食べようと思っていたのに。 先輩はそう呟いた。 なんだろう。 どうも今朝から先輩の様子がおかしい。 妙に強引と云うか、焦っているみたいだ。 「えと、それは・・・・」 なんと云えばいいだろう? 弁当の処理に困っていた?綾緒に一線引くよう云われたから? 上手く言葉が見つからない。 「まあ良いわ。部室に着いたらたっぷり話を聞かせてもらうから」 握る腕に力を込める。 その直後―― 「日ノ本先輩」 ちいさいのによく通る声がした。 僕も先輩も声の主に顔を向ける。 「一ツ橋」 「朝歌ちゃん」 ハードカバーの重そうな本を小脇に抱えた後輩がそこに立っていた。 一ツ橋は感情の篭っていない会釈をして、僕らを――繋がった腕を見る。 「ちんちんかもかもですね」 ぽつりと云う。果たして先輩には聞こえただろうか。聞こえていないほうが良い気がする。 「朝歌ちゃん、こんなところで声をかけてくるなんてどうしたの?」 「先輩に用がありまして」 先輩――僕のことだ。一ツ橋は織倉由良を部長と呼ぶ。 「・・・・」 織倉先輩の腕に、また力が篭った。 「朝歌ちゃん、日ノ本くんに何のよう?“今”、“ここで”、“私にも”聞かせてくれる?」 「それは無理です」 「・・・・どうしてかしら?私には聞かせられない?」 「用があるのは私ではありませんから」 淡々と云う。先輩には殆ど視線を合わせず、用事の対象――僕に無機質な瞳を向ける。 「どういうことだ、一ツ橋?」 「来客です。先輩の連枝と主張している人が外に」 「兄弟?日ノ本くんって、一人っ子よね?」 「ええ、そうですが・・・・」 答えながら距離をとろうとする。が、先輩はそれを許さなかった。がっちりと腕を掴みなおされた。 「朝歌ちゃん、聞いての通りだけど?」 「真偽は関係ありません。そう語っている人が外にいて、先輩を“待っている”と」 381 :ほトトギす ◆UHh3YBA8aM [sage] :2007/05/15(火) 18 07 18 ID HLEzbkKD 「“待つ”?呼んでいる、じゃなくて?」 織倉由良は首を傾げる。 「はい。“待つ”、です。兄の君(せのきみ)を呼びたてするような無礼はできない。そう云って ましたけど」 「・・・・それって」 僕は顔をあげる。 「なあ一ツ橋、その娘、着物姿じゃなかったか?」 「いいえ。学生服でした。光陰館学院の」 「綾緒だ・・・」 他に光陰館に知り合いはいない。更に連枝を名乗るものとなると、一人だけだ。 「日ノ本くん」 すぐ横から、冷たい声がする。 「“それ”って、昨日、夕食の邪魔をしたイトコの女?」 「え?・・・邪魔?」 「なんでもない。ねえ、どうなの?イトコの女?」 「多分、そうだと思いますけど・・・」 「ふぅん、そう・・・」 織倉由良はつまらなさそうに呟いた。 「御初御目にかかります。日ノ本創(はじめ)が連枝。楢柴綾緒と申します。以後お見知り置きの程 宜しく御願い申し上げます」 市松人形は深々と腰を折った。 ここは学校の裏門。それほど人通りの無い――けれど僕にとっては通学路にあたる場所。 下校する生徒の幾人かが、この絶世の美少女を遠巻きに見つめている。 かくいう僕も一瞬見入る。家に来る綾緒は、いつも決まって和装だからだ。 超名門私立校・光陰館学院は、その制服のデザインでも有名だ。 優美にして可憐。軽くなく、さりとて野暮ったくも無いその意匠は評価が高い。 スカートは当然長い。光陰館では靴下は白か黒のハイソックスか、ストッキングと決まっており、 目の前の従妹の細くて長い足は黒のストッキングで包まれている。綾緒の洋装は滅多に見れないので、 なんだか新鮮だ。ちなみにうちの制服は何の可愛げも無いブレザーである。 そのブレザーに身を包んでいる女生徒二人は、それぞれ意味の異なる沈黙をする。 一人は傍観。もう一人は睥睨を。 「・・・綾緒、どうしてここに?」 “待って”いた従妹に質する。綾緒はいつも通りの穏やかな微笑で僕を見つめた。 「昨日(さくじつ)の言葉通りです。炊事一切を任されましたので、推参致しました」 その言葉に先輩が震える。僕は気づかない振りをする。 「家じゃなくてこっちに来たのか」 「はい。にいさまの学び舎を見ておくのも悪くないかと思いまして」 綾緒は笑う。すると、先輩が前へ出た。 「貴女・・・楢柴さん、だっけ?」 「はい。楢柴綾緒に御座います。織倉さま、でしたね。いつも兄がお世話になっております」 完璧な所作でお辞儀をする。先輩はどこか冷たい瞳だ。 「そう。私が日ノ本くんのお世話をしているの。今、貴女炊事がどうとか云ったけど、それは必要 ないの。彼の食事は全部私が作るんだから」 「まぁ・・・」 綾緒は上品に驚き、僕を見る。 「にいさま、織倉さまには、まだ告げていないのですか?」 「あ、いや・・・」 「左様で御座いますか」 一瞬。 従妹の瞳が細くなり、すぐにまた笑みを作る。 「織倉さま」 「なにかしら?」 「以前まで創さまの食(け)のお世話をして頂いたことには心より御礼申し上げます。ですが、以後は その必要はありません。創さまのお世話は、妹であるわたくしが取り仕切りますので」 「なに云ってるの。日ノ本くんの食事は全部私が作るの。貴女の出る幕は無いわ」 「お心遣いは嬉しいのですが、赤の他人の織倉さまに縋るような真似は出来ません。身内事は身内が 負うべきである、と心得ておりますので」 382 :ほトトギす ◆UHh3YBA8aM [sage] :2007/05/15(火) 18 09 06 ID HLEzbkKD 「身内とか、そんなの関係ないでしょう?これは私と日ノ本くんの話なのよ?」 「左様で御座いますね。わたくしも創さまが御心に従う所存です。もしも織倉さまの言が創さまの 希望であれば、差し出がましい口はきくつもりありません」 綾緒が一礼すると、先輩は僕に振り返った。 「ねえ、日ノ本くん、毎日私のお料理を食べたいでしょう?」 鬼気迫る――どこか威圧めいた様相。他方の従妹は穏やかに微笑んでいる。 なのにだめだ。――綾緒のほうが“怖い”。 「先輩、やっぱりこれ以上は迷惑かけられないよ」 「なっ・・・・」 「礼節を知り、遠慮を知る。それでこそ殿方。それでこそ楢柴の血縁です」 先輩は絶句し、綾緒は頷く。まるでそれが予定調和だったかのように。 「待ってよ、日ノ本くん。私は別にめいわ、」 「織倉さま」 先輩の言葉を綾緒が遮った。 「織倉さまの恩情の深さはよくわかりました。ですが、創さまの気持ちも汲んであげてください。 織倉さまの厚意などいらぬ、と云うその御心を」 「ちょ、ちょっと、待ちなさいよ」 先輩が綾緒に手を伸ばす。その瞬間―― 「え」 ふわり。 織倉由良は天に浮遊し、一回転して着地する。 元通りの立ち居地。 コンクリートの上。 「御無礼。つい“叩きつける”ところでした。わたくしは創さま以外のかたに触れられると 手がでてしまうもので」 くつくつと笑う。穏やかなのに、まるで嘲笑。 「にいさま」 従妹が僕を見る。 「あ、ああ。先輩、すみません。今日は、その、帰ります」 呆然とする先輩に頭を下げる。 「一ツ橋、先輩のこと、頼む」 黙って傍観していた後輩に云う。一ツ橋は無表情に頷いた。 「にいさま、鞄をお持ち致します」 荷物を取り、半歩後ろに立つ従妹。 僕はもう一回頭を下げて、逃げるようにその場を離れた。 先輩と綾緒。 この二人は合わせるべきではなかったのではないか、と考えながら。
https://w.atwiki.jp/i_am_a_yandere/pages/1149.html
401 :ビタースイーツ ◆CuqFVtYUo. [sage] :2009/03/05(木) 18 07 54 ID rwmwPnZF 昨日夜更かしをしたせいか、いつもなら弁当を作るために 遅くとも6時半には起きるところを寝坊して8時に眼が覚めてしまった。 弁当どころか朝食を取る暇も無く、俺は学校へ走った。 テレビでやっていたチーズ入りパウンドケーキを作ろうと試していたところ 納得いく味が出せずに四苦八苦した結果、使うチーズの種類が違ったことに 気づいたのは明け方近くだった。 学校帰りにクリームチーズを買ってリベンジすることを誓いながら俺は走った。 俺の名前は遠野 翼(とおの つばさ)。パティシエを目指している以外はたぶん特徴の無い高校生2年生だ。 今日は高校の始業式、流石に初っ端から遅刻は印象が悪すぎるだろう。 それだけは避けたいと思い、俺は全力で走った。 教室に全力で滑り込むと同時にチャイムが鳴る。 先生の姿はまだ見えない。セーフだ!!と思って辺りを見渡すと、自分がとんでもないミスをしたことに気づいた。 「…ここ1年の教室じゃん…」 402 :ビタースイーツ ◆CuqFVtYUo. [sage] :2009/03/05(木) 18 09 17 ID rwmwPnZF 「アハハ、それで遅刻したの?遠野君らしいね。」 楽しそうに笑っているこいつは野川 恵理(のがわ えり)。 小学校の頃からの腐れ縁で、去年は一緒にクラス委員をしていた。 「…そう笑うな、これでも結構傷ついてるんだ…」 「だって学年間違えるなんて私聞いたこと無いわよ。」 全く、抜けてるんだから、そう言うと野川はまた笑い出した。このまま笑われっぱなしというのも癪だな…… 「そうか、新作ケーキの試食、野川に頼もうと思ってたけど残念だな……」 「わわ、ごめん、ごめんってば、遠野君、機嫌直して。」 「わたくしのようなうっかり者の作ったケーキ、きっと野川様のお口には合いませんよ。 あーあ、残念だなぁ。」 「そんなことないよ!!遠野君の作ってくれる料理は私には世界一美味しいよ!!」 お世辞でもそう言われると嬉しいな。意地悪はそろそろ終わりにするか。 「嘘だよ、明日持ってくるからその時試食頼むわ。…どうした、体調悪いのか?顔赤くなってるぞ?」 そう聞くと何故か野川は慌てて答えた。 「ううん、何でもない、ちょっと風邪気味なんだ。それよりケーキ絶対だよ!他の人に食べさせたりしないでよね!」 「はいはい、分かったよ。」 そう答えると俺はクラスを改めて見渡してみた。 知っている顔も居れば知らない奴も居る。まぁ当たり前かな。 おっ、あの子結構かわいい!眼福眼福。あとで声かけてみようかな。 「遠野君?どこみてるのかしら…?今は私と会話中でしょ?」 えっと、何だかとても怖いですよ?野川さん。 「いや、去年同じクラスだった奴、結構少ないなぁっと思ってね。ハハハ・・・」 やばい、怖すぎて乾いた笑いしかでない。 「ふーん。私には女の子を物色してたように見えたけど?」 まずい、この流れはまずい。これ以上騒ぎ出す前に話題を変えないと。 「それより野川は今年もクラス委員やるのか?」 ……我ながらひどい話題転換だ。 「うーん、どうしようかな。遠野君は?」 よし!!何とか話をそらせた。 「俺は今年はパスかな。あんな面倒なこと1年やれば十分だよ。」 「ふーん、じゃあ私もパスかな。…やる意味無くなっちゃったし…」 「ん?どうした?」 「ううん、最近テニス部の方も忙しくてさ、ちょっとやる余裕無いかなって。」 なるほど。野川は運動神経が良く、小学生の頃からテニスをやっていて経験も長いため、 1年の頃からテニス部のエースだった。 短めに切った髪は活発で表情豊かな彼女の表情に良く似合っていて、 まぁ、なんというか、結構かわいい。 実際いろんな奴から告られているようだ。噂によると全員撃沈したようだが。 「それより、さっきは私を差し置いてどの子を見てたのかしら?」 くっ、話題をぶり返された。何か他にネタはないかと思って辺りを見渡す。 そして俺の視線はある1点で止まった。 403 :ビタースイーツ ◆CuqFVtYUo. [sage] :2009/03/05(木) 18 09 49 ID rwmwPnZF そこは俺の隣の席で、そこには女の子が座っていた。 髪はロングヘアで黒く、真っ直ぐ滑らかに伸びている。瞳も吸い込まれるような深い漆黒。 それとは対照的に肌の色は淡雪のように白く、まぁ何というか、美人だった。 ただ俺が注目したのはそういう外見のことではない。 他のクラスメイトは、前年度同じクラスだった奴と話したり、席が隣になった奴に声をかけたりしている。 しかし彼女はただ1人、ぽつんと席に座って本を読んでいた。 日本人形のようなその容姿もあって、その異質さが際立っていた。 「…あの子…」 「また余所見して。遠野君はもうちょっとデリカシーを身につけたほうがいいわよ。で、どの子見てたの?」 「いや、俺の席の隣にいる子なんだけど。」 「ふーん、遠野君はああいう子が好みなんだ。確かに美人だもんね。」 どんどん険悪な雰囲気になっていく。俺が何をしたって言うんだ…… 「馬鹿、そんなんじゃねーよ。ただずっと1人でいるみたいだからちょっと気になって。 野川はあの子のこと知ってるか?」 「別にあんな子のこと知らないわよ。美人な女の子が隣の席で良かったわね!!」 そう俺に叩きつけるように言うと、野川は自分の席に戻ってしまった。 仕方なく自分の席に戻る。隣の席には未だに1人で佇んでいる彼女がいる。 ここは1つ声をかけてみようか…… 「俺、遠野 翼って言うんだ。これから1年よろしくな。」 とりあえず自己紹介してみた。ちょっと唐突すぎるか? すると彼女はゆっくりと顔を俺に向けて、こう言った。 「……あまり馴れ馴れしく話しかけないで……」 ……なんだかものすごく嫌われたようです…… 落ち込んでいると、彼女はポツリとつぶやくように言った。 「……雪野 桜……」 「えっ?」 「私の名前……」 そう言うと彼女は視線を本に戻した。 名前は教えてもらえたってことは嫌われてるわけじゃないのかな? 「ああ、よろしくな、雪野!!」 彼女からの返事は無かった。 さてと、今日は始業式だから、もうこれで帰宅していいはずだ。 さっさと帰ってケーキを作ろう。そう決心し、鞄を持って立ち上がった瞬間に 先生が入ってきた。 「ああ、言い忘れていた。去年と同じように男子と女子1人ずつクラス委員を決めるように。 今日中に決めること。」 それを決めたら今日は帰宅していいぞ、そう言うと先生はさっさと教室から出て行った。 教室はシーンとしている。 下手に発言したら自分がクラス委員にされてしまう、そんな危機感から誰一人として言葉を発する者がいなかった。 空気が痛いぜ・・・ 「とりあえず立候補する人はいない?」 空気の重さに耐えかねたのだろう、前年度俺と一緒のクラスだった小暮 明人(こぐれ あきと)が言った。 404 :ビタースイーツ ◆CuqFVtYUo. [sage] :2009/03/05(木) 18 10 24 ID rwmwPnZF 小暮と俺は仲がいい。俺が男子では珍しく料理好きでパティシエを目指している一方 小暮は裁縫が得意で、将来洋服のデザイナーを目指しているらしい。 そういう、男子としては特異な趣味をお互い持っていることもあってか、 性格はかなり違うものの、小暮と俺はすぐ仲良くなった。 小暮の発言の後も、クラスは静まりかえっている。 やはり皆、あんな面倒な奉仕活動やりたくないようだ。 「んーー、じゃあ推薦にする?」 小暮が困った顔をしてこう言うと、クラスが俄かにざわめき出した。 推薦って無責任な制度だよな。発言した本人は責を負わずに他者に厄介ごとを押し付けるんだから。 そんなことを考えていると1人の女子がこう言った。 「はーい、雪野さんが良いと思います。」 「どうしてかな?」小暮は理由を尋ねた。 「えー、だって他の子は部活とかで色々忙しいと思うけど、雪野さんは部活入ってないし、 いつも結構暇そうにしてるでしょ?余裕がある人がクラス委員をやるべきなんじゃない?」 その発言を機にクラスのほぼ全員が、そうだな、それで良いと思う、そうしましょう、 そんな類の声を上げた。 「うーん、雪野さん、引き受けてもらえるかな?」 嫌だったら別に断っていいよ、小暮はそう言った。 小暮は人がいいからな、こういう状況になったら断れるわけが無いってこと分かって無いんだろうな…… 雪野は戸惑った顔をして、返答に困っている。 そんな雪野を見てか、やりなさいよ、どうせ暇なんでしょ、空気読みなさいよ、 そんな声が雪野に浴びせかけられた。 なんだ?何となくだが雪野に対する敵意のようなものが感じられる。 「……分かりました。クラス委員やらせてもらいます……」 しぶしぶそうな顔をして、雪野は承諾した。 「じゃあ男子のほうから後1人誰かやらない?」 またシーンとするクラス。 ……… 「やる奴が他にいないなら俺がやるよ」 気づくとこんなことを言っていた。 「遠野、いいの?」 「ああ、どうせ俺も暇だからな」 「じゃあ頼むよ。このクラスのクラス委員は雪野さんと遠野の2人でいいかな?」 賛成の声があがる。じゃあこれで解散にしよう、そう小暮が言い、授業は終わりとなった。 405 :ビタースイーツ ◆CuqFVtYUo. [sage] :2009/03/05(木) 18 10 48 ID rwmwPnZF さてと、早速スーパーに行ってクリームチーズを買わなければ。 いっそのことチーズケーキを作るのもいいかもしれない。 今日はNYチーズケーキでも作るかな。サワークリームが必要だからヨーグルト買わないとな。 そんな他愛もないことを考えていると、野川が近づいてきた。 あれ?怒ってる?もしかして、まださっき余所見してたこと怒ってるのか? あいつ結構さっぱりしてるから大丈夫だと思ったんだが…… 「どうして?」 え?何が? 「クラス委員やらないって言ってたじゃない!」 ああ、そういうことか。嘘をつかれたと思って怒ってるのか。 「いや、俺もやらないつもりだったんだけどさ、何となく。」 「何となくって何よ!!」 「んー、強いて言うならイライラしたからかな?」 「イライラ?」 「人に責任押し付けて自分は関係ないですよ、って顔するのは趣味に合わない、それだけだ。」 「遠野君……」 「言ったこと守らなかったのはすまないと思うけどさ、許してくれ」 そう言って頭を下げる。すると慌てて野川は言った。 「いいの、こっちこそごめんね。遠野君ってそういう人だもんね。ただ……」 「ん?」 「ううん、なんでもない。あ、私部活あるからもう行くね。」 また明日ね、そう言って野川は足早に教室を出て行った。 さてと、初日から何だか疲れたな。俺も家に帰るとするか。 406 :ビタースイーツ ◆CuqFVtYUo. [sage] :2009/03/05(木) 18 11 24 ID rwmwPnZF -Side 野川- 全く遠野君ったら、本当に鈍いし、デリカシーないわね。 こんなに態度に表してるのに、ちっとも私の気持ちに気づいてくれないんだから。 おまけに私との会話中に他の女を見るなんて、今思い出すだけでもイライラする。 しかも普段はちゃらんぽらんな癖に、正義感だけは強いんだから。 小学校の頃から遠野君は、自分が正しいと思ったことは貫いていた。 分かってる、それこそ遠野君の美点だ。 彼のその真っ直ぐさと不器用な優しさに、私は何度も救われた。 でもね、知ってる遠野君?野良猫にあまり餌をあげちゃいけないんだよ? 特にメス猫なんて、盛りがついたらうるさくてたまったものじゃないんだから。 遠野君はその気が無くても相手が付きまとってくるかもしれないんだよ? そうなる前に、今からでもあのメス猫を処理しようかしら……? いや、ダメだ、万が一遠野君にばれたら、絶対に彼は私のことを嫌いになる。 そうなるくらいなら世界が滅亡してしまったほうが数百倍マシだ。 遠野君に万が一にも嫌われないためにも、私は直接的に手を出してはいけない。 あくまで間接的に、あのメス猫を追い込む、あるいは遠野君がメス猫から離れるように仕向けなければ。 「そのためにはまず情報ね。雪野とかいったかしら、あのメス猫。」 そう1人言をつぶやき、私は部室へ急いだ。 -Side 野川 End-